第26話 VS 探索者協会鎌倉支部
鎌倉ダンジョンの消滅から早2ヶ月。ハルヒとナツキの2人が人命救助のためにコアを破壊した事は、あの状況ではそれ以外に重傷者の命を救う方法が無かったと認められて、無事に不起訴となった。
「残念ながらライセンスの剥奪は取り下げられなかったわね。」
「仕方ないでしょ。初めからそこは厳しいと思ってたし。」
「というわけで私達の借金の行方はカンナちゃんとユズキちゃんに掛かってるから、宜しくね!」
ニッと笑ってサムズアップするハルヒとナツキ。ゴリゴリにプレッシャーと掛けられたカンナは青い顔で応じる。ユズキはそんなカンナを励ますようにその頭をポンと叩く。
「とりあえず会話は私がするから、カンナはずっとドヤっててくれれば良いわよ。」
「それが難しいんだよぉ……。でも、頑張るね。」
「うん。期待してる。」
ユズキはカンナの頭をナデナデすると、ダンジョン協会鎌倉支部の入り口を見る。
「じゃあ、行きましょうか。」
決意を固め、柚子缶の4人は鎌倉支部に入っていく。
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会議室に通された4人は促されるまま席に着く。相対するのは鎌倉支部長、副支部長、総務部長。この組織のトップ3であった。
「さて、今日はうちの支部の倉庫で預かっている鎌倉ダンジョンのボス……ミスリルナイトの魔石とその残骸、そして君達が破壊したダンジョンコアの破片の買取交渉という事で宜しかったかね?」
支部長が早速本題に入る。お互いに腹を探り合うやり取りなど不要といった態度である。
元々鎌倉支部が管理している無数のダンジョンのうち、最大級の2つ。八幡宮の付近にある鎌倉中央ダンジョンと、大仏殿にほど近い場所にあった鎌倉ダンジョン。通称八幡ダンジョンと大仏ダンジョンと呼ばれていた二箇所だが、今回消滅したのは大仏ダンジョンの方であった。
鎌倉支部としては貴重な資源の片方を潰されたため、妖精譚と柚子缶に対しては腸が煮え繰り返る想いであった。コアを破壊せざるを得なかった事情は理解したが、そもそも分不相応なボスに挑みその結果瀕死の重傷を負う時点で、ダンジョンを管理する側から言わせて貰えば自業自得である。しかしそんな事を公の場で口にすれば自分達がバッシングされる。探索者協会とは表向きは誠心誠意探索者をサポートするべき組織であり、彼ら探索者の生命は何よりも優先されるべきであるとされているためである。
そんな感情を胸に秘めた鎌倉支部の3人は、柚子缶がなんと言おうと譲歩するつもりは無い。機械的に裁定した金額でしか素材は買い取らないし、値上げ交渉にも応じるつもりは無い。当然、ハルヒとナツキへの損害賠償の減額はあり得ないし2人の探索者ライセンスの剥奪は決定事項だ。あくまでもルールでガチガチに対応する事が、目の前の娘達にとって一番困る事だと分かった上で、譲歩するつもりは無い。
柚子缶側も当然鎌倉支部側のそんな感情はわかっている。そんな怒り心頭の相手とは交渉せずに、他の支部に持ち込んで売れば良いかと言えば実はそれは出来ない。素材の収益は自治体の収益……つまり税収に直結するため、基本的にその地域を管轄する探索者協会支部、もしくはその支部に届出のある企業相手に取引しなければならないという決まりがある。
鎌倉支部が怒っているなら企業に持ち込めば……となるがそれはもっとマズい。鎌倉支部に届け出ていた企業の最大手は、1192→1185に魔石収集を依頼していた大企業であるが、今回ダンジョンを消滅させた事で、妖精譚としては彼らの利益も損なってしまっているためだ。他の企業もトラブルの空気を感じれば取引に応じてくれるとは考えづらい。
つまり柚子缶は全く交渉に応じる気のない目の前の大人から、譲歩を引き出さなければならない。
「今回の素材の買取金額については鎌倉支部の方で既に査定を済ませてある。こちらだ。」
そう言って資料を手渡してくる。カンナはその額に言葉を失った。あまりにも安すぎる。
そこに書かれていた金額はボスの魔石が500億円、ボスの残骸が50億円、ダンジョンコアの破片が1億円ということで合計551億円での買取であった。
「……算定根拠を聞いても宜しいですか?」
ユズキが訊ねると、支部長は頷いた。
「良いでしょう。全ての素材について過去に買取履歴が無いため、我々なりに考慮した上で算出しています。まず魔石ですが、これは柚子缶の皆様もご存知の通りこのダンジョンのゴーレムの魔石の買取価格はゴーレムのランクが上がる毎に10倍としていました。協会ではこのような値付けをしている場合、ボスの魔石は2段階上とみなしています。そこでミスリルゴーレムの魔石の買取価格、5億円の10倍のまた10倍……つまり100倍した500億円をつけさせて貰いました。」
なるほど、確かに筋が通っている。ただし普通は希少性でそこから数倍は価格が上がる。初めてボス討伐をした際の魔石であれば10倍程になる事だって珍しく無いが、鎌倉支部側はそういったご祝儀的な値上げをするつもりは無いらしい。
「ボスの残骸については、鑑定の結果純度100%のミスリル鉱である事が分かっています。ミスリル鉱の市場価格は1g 4万7800円です。今回の素材が104.6kgだったので49億9988万円……、端数を切り上げて50億円としました。」
これもあくまで素材の価格であれば何も間違っていない。純ミスリル鉱であろうとミスリルゴーレムの身体から苦労して取り出したものであろうと、ミスリルには変わり無いのだから。加工の手間やコレだけ大きいサイズのミスリルの塊の希少性を考えたらこちらも100倍以上の値がついてもおかしく無いのだが、あくまで金属としての値段を提示してきている。
「コアについては正直使い道もないのですが、協会の研究機関に掛け合ったところ、今期の予算としてプールしてあった1億円でなら引き取り可能という回答を貰ったためその額でなら買取可能としております。」
如何でしょう、と付け加える支部長。ユズキは思案する。下手に出るか、高圧的にでるか。まあ後者だろうなぁ、ここで舐められたら交渉にすらならない。隣に座るイヨ見ると、彼女は静かに頷く。その向こうでマフユも仏頂面をしているのが目に入った。ユズキは手元の資料をポイ、と机に放り投げると支部長に告げる。
「話になりませんね。命を賭けて集めた素材がこの程度の額しかつけられないなんて、私達だけでは無く探索者全体に対する冒涜だと思います。」
相手がイラっとしたのが伝わる。しかしあくまで大人な態度で声を荒げる事なく返答する。
「なるほど、こちらの額にご納得出来ないと。……参考までいくらでの買取をご希望で?」
「6000億円。」
即答するユズキ。副支部長と総務部長の2人は思わずはぁ?と声を漏らすが、支部長はこの金額を予想していたので鼻で笑ってやる。
「そちらこそ話になりませんね。あなた達の事情は理解していますが、それを我々に押し付けるのはそちらの都合でしか無い。」
「根拠の無い金額じゃ無いわ。魔石はこれまで産出された事が無い事実や、今後同じものが取れない希少性を鑑みれば2000億円以下になる事はないと思っているし、素材にしても純度100%の純ミスリル鉱を精錬済みのミスリルと同じグラム単価とする前提がおかしい……。民間企業ならグラム100万円って言っても文句は出ない額よ。これも少なく見積もって最低1000億円。正直言ってここまでは疑う余地も無いと思っていたわ。」
ユズキはトントンと見積もりの金額欄を指でつつく。
「こちらとしてはコアの破片を3000億円で買っていただけるか、そういうご相談に伺ったつもりなんですけれど。」
小首を傾げて微笑むユズキ。なるほど肝が据わっているのは認めるが、そんな表情に絆されるようでは支部長職は務まらない。
「それでは交渉は決裂ですかね。鎌倉支部としては魔石に500億円、素材に50億円。それ以上を出すつもりは無いので他所の方が高く買い取ってくれると言うのなら、そちらに持っていけばよろしいかと。」
柚子缶側の言い分も筋が通ってはいるが、こちらはこちらで、高く売りたい側の言い分である。通常はここでお互いに妥協ラインを擦り合わせる交渉に入るのだが、鎌倉支部側は一歩たりとも歩み寄るつもりは無い。551億円で売るならそれで良し、そうで無いなら他へ行け。支部長は毅然とした態度でそう告げる。……無論、柚子缶の希望価格でこれを買い取ってくれる企業が無いであろう事は下調べ済みである。それ故に強い態度を取る事が出来ているのであるが。
「良いんですか? 私達としては地域原則のルールに従って鎌倉支部さんに買い取って頂きたいのですが。もちろんこんな不当に安い額では無く、適正な金額でと言う意味でですけれど。」
「我々としては妥当な金額を提示しているつもりです。金額交渉には応じられません。」
取り付く島もない支部長の様子に、ユズキは諦めたように息を吐いた。
「では一筆書いて頂けますか? 後に協会と揉めても嫌ですので。」
「揉める? 企業との交渉は探索者に認められた権利ですのでご自由にどうぞ。」
「いえ、頂きたいのは「他の地域の支部に売る許可」です。」
「はぁ?」
ここに来て基本的なルールを曲げる許可を求めるユズキ。
「今おっしゃったじゃないですか。「他所の方が高いならそちらにどうぞ」と。後からそんなつもりじゃ無かったと言われても嫌なので、きちんと書面にして欲しいです。」
「ふざけるな! 他の支部に売るなんて許可できるはず無いだろう!」
総務部長が立ち上がり怒鳴り付ける。ユズキはそんな様子にも臆さずに答える。
「……鎌倉支部に届け出の出ている企業では、私達の希望額で買い取ってくれるようなところが無いんです。それであれば他の地域の協会支部に持っていくしか無いじゃないですか。」
「金額についてはそちらが勝手に言っている事だ! それが気に入らないからって他の支部に持っていくなど言語道断もいいところだろう!」
「不当に安い額を提示しておいてその言い方はずるいんじゃないですか?」
「不当ではない!」
「止めなさい。」
怒り心頭の総務部長を諌める支部長。
「君達の言い分は分かった。協会としては探索者の要望には出来る限り応えるという原則もある。しかしダンジョンの素材を他の地域の支部に売る際には第三者となる支部の承認が必要となる。これは協会側も不正をしないための措置になるがね。」
「では、他の支部の承認があれば認めて頂けるんでしょうか?」
「仮にあればの話だがな。」
この交渉が終わり次第、今回の見積りと経緯を鎌倉支部の正式見解としてデータベースに登録する。金額の算定に一応の根拠がある以上、一度登録された金額を覆す事は協会内でもまず起こらない。つまり仮に彼女たちのホームである渋谷支部あたりに相談したところで一度協会内で定まった金額は変わらないので交渉しても意味が無いないと門前払いされるだろう。……つまり今この場で他の支部の承認が得られなければ協会として買取額は鎌倉支部が提示した金額で確定すると言う事だ。
小娘達が知恵を絞って色々と文句をつけてきたが、結局素人の浅知恵だったと言う事だと支部長は心の中で笑った。
「では是非とも承認を得てくれたまえ。その際には我々と承認する支部の責任者、そして君達の立ち合いが必要だ。もしも承認してくれる支部があったならその時また声をかけてくれ。」
そう言って立ち上がる支部長。副支部長と総務部長も続く。
「あ、退席なさらなくても大丈夫ですよ。」
3人をユズキが呼び止める。
「……まさか今からどこかの支部に相談するから交渉が成立して此処に来るまでここで待っていろとでも言うつもりか? こちらも暇では無いのだが。」
「いえ、もう来てもらっているので。」
「なんだと?」
ユズキは会議室の入り口に向かって声を上げる。
「スミマセン、入って来て下さい。」
ガチャリ。会議室のドアが開く。
「な、何故あなたが……?」
そこに居たのは、札幌支部の支部長とその秘書であった。
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