表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/147

第22話 VS ボス・ミスリルナイト(後編)

「……というわけで、全てはカンナさんの『広域化』にかかっています。ぶっつけ本番ですが、これでお願いします。」


「それって、ハルヒさんとナツキさん、アキさんはどうなります!?」

 

 作戦を聞いたカンナは妖精譚(フェアリーテイル)の犠牲に気が付き、イヨを問い詰める。


「上手くいっても30秒くらいでしょうか、一人当たり10秒間、柚子缶の2人のサポート無しでアイツの攻撃を受けて貰いますね。運が良ければ死なないと思います。」


「あれを相手に10秒!? ユズキの『身体強化』がある私達でやっとなのに、絶対無理です。」


「安心して、3人で30秒。死んでも持ち堪えて見せるから。」


「死んだらダメです!」


「カンナさん、これ以外に手は無いんです。そうしなければ全員死ぬ。ハルちゃん達は危険だけど、上手くすれば生き残れる。可能性は低いけど、全員生還もあり得ます。」


「そんな屁理屈じゃ無くて! その作戦、私とユズキの役割をもっと増やせばハルヒさん達が生き残る可能性をあげられるでしょう!?」


「……そもそもカンナちゃんとユズキちゃんは私達が巻き込んじゃったわけだし。せめて2人には確実に生き延びて欲しいのよ。」


 ナツキが説得するが、カンナは納得しない。


「私は嫌です! ハルヒさんもナツキさんもアキさんも! 誰かが抜けた妖精譚は見たく無い! 私をユズキを妖精譚に誘ってくれたじゃないですか!? だったら、もっと私達を信じて下さい!」


「信じてるわよ! だから2人に確実に倒してもらえる作戦を考えたんじゃ無い!」


「そうじゃなくて! 誰も犠牲にしないやり方を考えてよ!」


 カンナはイヨに掴み掛かった。


「イヨさん、お願い! ……私とユズキなら、どんな難しいことでもやってみせる。だから……だから! お願いします! お願いしますっ!」


 泣きながらイヨに懇願するカンナ。


「カンナちゃん……。」


「……カンナさん、信じていいんスね?」


 イヨは根負けして、ため息をついた。そしてカンナに確認する。


「っ!? ……はい! 信じて下さい!」


「ちょっとイヨ!?」


「ハルちゃん、カンナさんがここまで言うなら信じよう。こんなカンナさんを無理矢理説得してやって貰っても失敗する可能性が高くなっちゃう。だったらみんなが助かる確率が高い作戦の方が、カンナさんのモチベーションが上がって結果的に成功率が上がるかもしれない。」


 イヨは即席で変更した作戦――当初はこちらの案だったがカンナとユズキの安全を考慮して妖精譚の負担を大きくしたのだった――をカンナに伝える。


「この案ならカンナさんとユズキさんが危険に晒される代わりにハルちゃん達がミスリルナイトを相手にする時間は合計10秒前後。流石にゼロにはできませんが、1人3秒ちょっとなら、1発か2発攻撃をかわせれば良い計算になります。それであれば生き残れる可能性はさっきよりもグッと上がるはず。……これが最大限の譲歩です。いいっスね?」


「……はいっ! ハルヒさん、ナツキさん、アキさん! お願いだから死なないで下さいね!?」


 イヨの新しい作戦を聞いてカンナは首を縦に振った。そしてハルヒ達を激励する。


「初めから死ぬつもりはなかったけどね。……でも、生存率大幅アップって聞いて余計にやる気は出てきたかな。」


 ハルヒが笑う。カンナは笑い返すと、ユズキの援護に向かった。


------------------------------


「カンナちゃん!?」


「ちょっと、あの子がこっちに来るんじゃなかったの!?」


 マフユとエリカは困惑する。イヨの当初の作戦では妖精譚の3人がミスリルナイトを引きつけている間にエリカが範囲を1センチにまで絞った代わりに温度を通常の5倍……数万度まで上げた『蒼炎』をカンナの『広域化』で通常のサイズまで大きくしてボスに当てると言うものだった。


 2人の元にイヨが寄ってくる。


「作戦変更! カンナさんが着弾の瞬間に炎を大きくするから、小指の先サイズのまま奴に撃って下さい。」


「奴に撃つって言ったって、あんな速さで動いてるのよ!?」


 そう、当初は妖精譚の3人が足止め……命をかけて文字通りその場にミスリルナイトを固定して、そこに広域化圧縮蒼炎を放り込む予定だったのだ。今はカンナが1人で相手をしていることもあり、ミスリルナイトの立ち位置は目まぐるしく変化している。


「大丈夫、ユズキさんが見てます。うまく誘導してくれる筈です。」


「……知らないからね!?」


 エリカは指先に意識と全魔力を集中する。まずはいつも通りの『蒼炎』……直径50センチ程度の火の玉を産み出す。ここから魔力を圧縮して徐々に徐々に小さくしていく。15秒ほどかけて、小指の先ほどのサイズ、1センチ程度まで圧縮した。その温度は狙い通り数万度に達している。『一点集中』が無くても魔法スキルの場合はスキルに対する理解と極限の精神力、そしてそれを許す時間があればそれに近い事が可能であった。これはコラボ探索の中でマフユが気付いたテクニックである。


「いくわよ!」


 エリカはそのまま炎をミスリルナイトに向けて撃ち出す。しかし高速で動きカンナに攻撃を続けるミスリルナイトの身体は一瞬の後には火の玉の射線から外れてしまっていた。


「ああ、やっぱり!」


 エリカが泣きそうな声をあげる。しかしユズキは少し離れた位置でその火の玉とカンナ、そしてミスリルナイトの位置を把握しながら着弾地点を計算する。


「カンナ! 3秒後に4時の方向に10メートル跳んで!その後1秒後に着弾! 2、1、ゼロッ!」


 ユズキの合図と同時に右斜め後方にきっかり10メートル、ジャンプしたカンナ。そんな彼女を追いかけるミスリルナイトの背中に、エリカの炎が着弾する。その瞬間、カンナは『広域化』の対象をユズキの身体強化からエリカの炎に切り替えた。狙い違わず、数万度の炎がミスリルナイトの全身を包む。


「やった!」


 エリカが喜ぶ。しかしミスリルナイトの装甲は数万度の炎でも燃やし尽くすには至らなかった。ミスリルナイトは炎に包まれたまま、カンナに襲い掛かる。


「危ない!」


 今のカンナは炎を広域化するため、ユズキの身体強化を広域化できていない。そんな無防備な状態のカンナに対してハルヒとナツキ、アキの3人がフォローに入った。


 ハルヒが剣を構えてミスリルナイトの前に立ち、ナツキとアキは2人がかりでカンナを庇う。

 

 炎に包まれたミスリルナイトの動きは、先程までと比べればかなり緩慢ではある。しかしその攻撃をまともに受け止めようとすれば今度は数万度の炎が自分達を燃やしてしまう。


「オラ! オラ! オラァ!」 


 ハルヒはがむしゃらに剣撃を飛ばしてそのミスリルナイトの接近を阻もうとする。体力と魔力の温存を度外視した全力での連続攻撃は、ミスリルナイトを数秒の間その場に足止めする事に成功した。程なくエリカの魔法の効果が切れて炎が消える。残念ながら限界まで温度を上げた炎と上級剣術の連携でも、ミスリルナイトを倒す事は出来なかった。


「ここまでは想定内……フユちゃん先輩!」


 イヨの合図で今度はマフユが氷魔法を放つ。エリカと同じように全魔力を込めた上で効果範囲をギリギリまで絞り温度を下げた冷気の塊をミスリルナイトに向けて放った。


 火の玉と違って冷気そのものは視認出来ないため、さっきのようにユズキが場所を誘導する事は出来ない。先ほどはユズキが炎の動きを見てカンナを誘導できたが、今度は冷気が着弾するまでの数秒間、ミスリルナイトをこの場所から一歩も動かないように留める必要がある。


「はぁっ!」


「せいっ!」


 先程の数秒間で魔力も体力も尽きたハルヒに代わってナツキとアキがミスリルナイトに切り掛かる。ミスリルナイトは蝿を払うかのようにランスを乱暴に振り回した。


「……っ!」


「アキ!?」


 ただ躱すだけなら、全力で後退すればいい。だけどそれをすればミスリルナイトが自分を追いかけて前に移動してしまう。敵をこの場に釘付けにするためには、前に出ながら避けなければならない。そのためにアキは死線をくぐった。ヘッドスライディングのように頭から身を低くしてランスの軌道の下を通り、そのままミスリルナイトの踵の上……人間で言えばアキレス腱の辺りを斬りつける。『短剣術』は上級剣術や二刀流のような派手さは無いが、相手の裏をかくようなトリッキーな動きを得意とする。へッドスライディングからのアキレス腱への攻撃はミスリルナイトの意識の外側から、その足首を深く傷付けた。


 足首に傷を負ったミスリルナイトは、足元に転がった敵を認識する。先程の空振ったランスをそのまま上に掲げて突っ伏した姿勢のままのアキに振り下ろす。


「上っ!」


「っ!!」


 ナツキの声を聞いたアキは勘を頼りにとにかく横に転がって攻撃を避けようと試みる。間一髪、一瞬前までアキが居た場所にミスリルナイトのランスが叩きつけられた。


 ドンッ! という物凄い音と共に周辺の地面が爆発したかのように抉り取られる。致命の一撃、その直撃こそかろうじて避けたアキであったが、周辺の地面ごと10m程に先まで吹き飛ばされてしまった。


「アキさんっ!」


「カンナちゃん、堪えて!」


 思わず飛び出してアキに駆け寄ろうとしたカンナを手をハルヒが掴む。ハッと冷静になったカンナは唇を噛んでアキに駆け寄りたい衝動を堪える。


「はああぁぁぁっ!!!!」


 ナツキがランスを叩き尽きた姿勢のままのミスリルナイトに斬りかかる。反撃の手を少しでも緩んでくれればと、ランスを持った右手を集中的に攻撃していく。しかしミスリルナイトはそんな攻撃お構いなしと言わんばかりにランスを構え直してナツキに突きを放つ。ナツキもまた、死を覚悟して前に踏み込む。直前のアキからの足首への攻撃で踏ん張りが利きづらくなったのか、ミスリルナイトは突きの構えでこれまでよりもほんの少し、鋭さを欠いていた。それによって必殺の突きをかろうじて見切る事ができたナツキは、両手の剣を横から叩き付けてその軌道を横に逸らす。


 音速に迫る突きをたった一発逸らしただけで、ナツキの剣は2本とも折れてしまった。


「この、ポンコツがっ! ……次の攻撃を逸らすのは無理か。」


 柄だけになった剣でミスリルナイトに対峙する。突きを外されたミスリルナイトはランスを引いて、改めてナツキを見据える。横にかわすか、折れた剣で受けるか。しかしナツキはどちらも選択せずにその場で伏せた。ミスリルナイトはまだ攻撃の予備動作の段階であり、床に伏せたナツキに狙いを定め直す事は何も難しく無い。それが分かった上でナツキが伏せたのは、


「はぁっ!!」


 ハルヒがもう一度斬撃を飛ばしてくれると信じていたからだ。ギリギリまで魔力を絞って繰り出した一撃は、ミスリルナイトの追撃をほんの一瞬、遅らせた。そうして稼いだほんの一瞬で、ついにマフユの冷気がミスリルナイトに到達した。


 ピキッ!! ……ピシィ!!


 冷気が着弾した瞬間、何かにヒビが入るような音が響く。


「カンナっ!!」


「『広域化』っ!!」


 タイミングを測っていたカンナが、その冷気を広域化する。途端に周辺の気温がマイナス20℃程まで下がる。そして冷気の中心点にいるミスリルナイト、その金属で出来た身体の温度はマイナス150℃以下まで下がっていた。寒さを感じる身体ではないし、凍り付いて動けなくなるわけでもない。だが、一瞬前まで数万度に熱せられていた金属が一気にマイナス150℃まで冷やされた結果、イヨの狙い通りの現象を引き起こす。


 急激な加熱と冷却による金属の膨張と収縮。それによってミスリルナイトの全身にヒビが入った。


 ビシビシビシビシッ! ビキィッ!!


 部屋全体にも響く大きな不協和音が、ミスリルナイトへの攻撃が成功した事を全員に告げる。


 即座に冷気を解除するマフユ。


 その場に膝をついたミスリルナイトに、改めて広域化身体強化したカンナが斬りかかる。


「うおりゃぁぁぁあああああっ!!!!」


 全身全霊のフォアハンドで剣を振り抜く。だが耐久力に限界が来ていたその剣は、ミスリルナイトの体より先に砕けてしまう。


「カンナ! こっちに!」


「……うんっ!」


 ユズキの合図を聞いたカンナは剣を捨ててバックステップ、数メートルの助走をつけると先程の攻撃でよろけたミスリルナイトにドロップキックをお見舞いした。


 ドンッと車同士が衝突したかのような音を立てて、ミスリルナイトが吹き飛ばされる。その先には拳を構えたユズキが居た。カンナの剣が砕けた事から、おそらく自分の剣もヤツを倒す前に砕ける。咄嗟にそう判断して剣を捨て、拳で叩き割る事にしたのだ。


 ミスリルナイトが自分の元に吹き飛んでくるまでの1秒にも満たない時間に、ユズキは全神経を集中した。


 今、彼女はカンナの広域化した身体強化で全身が強化されている。ユズキ1人で『身体強化』をすると、もともと持っている『一点集中』による弊害で身体の一部しか強化されない。その弱点をカンナの『広域化』で全身に、そしてカンナにまで広げる事で2人は人間離れした身体能力を手に入れていた。だけど、それじゃあまだ足りない。目の前の敵をこのワンチャンスで倒すには、今の状態でも不十分だと直感が告げている。


 だからユズキは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。きっかけは先日のイヨとの会話。


― これってどっちかって言うと自動的に発動しちゃう感じのスキルなんですよね。『身体強化』もカンナが広げてくれないと身体の一部しか強化出来ないし……。


― そうなんですか? 前のパーティ時代の動画を見る限り任意の場所を強化してましたけど……。


 以前は身体強化を発動する時、その効果を拳や足などに一点集中していた。そうでないと身体の何処か適当な場所が勝手に強化されるだけったから。だけどカンナが広域化してくれるようになって、身体強化を何処か一点に集中する事は無くなっていたのだ。


 ユズキの『一点集中』によって()()()()身体の一部が何十倍にも強化される『身体強化』を、カンナが『広域化』してくれている。その強化をユズキは改めて()()()()拳に『一点集中』する。するとその拳がこれまでよりも遥かに強化されているのが分かった。……やはり、無意識に発動する『一点集中』と意識的に発動する『一点集中』は併用が出来る!


 無意識と意識、2重の一点集中によってユズキの拳はミスリルの何倍も硬く強く強化された。


 だがスキルの無理な運用は使用者の身体に大きな負担を掛ける。1秒に満たない時間、拳を強化しただけでユズキは自身の魔力はほぼ枯渇したうえ全身から力が抜けていくのを実感した。


 ……この一撃を撃ち込めればそれで構わない!


「はぁっ!!!!」


 吹き飛んできたミスリルナイトの背中に、全身全霊の一撃を叩き込む。


 ドンッ!! ビシイイィィィィッッ!!


 ミスリルナイトの全身のヒビが広がる。ユズキはそのまま最後の力を込めて腕を振り抜いた。


「うりゃ……ああああっ!!」


 ミスリルナイトの体が爆散。その衝撃でユズキの体も後方に弾き飛ばされる。


 物凄い勢いで壁に吹っ飛ばされるユズキ。ドーンという凄まじい音と共に、壁に激突した。


「ユズキ!?」


 カンナが慌ててそちらに駆け出す。ユズキは背中を酷く壁に打ち付けており、意識が朦朧としていた。


「ユズキ! ユズキ! 死んじゃヤダよ!」


 カンナが必死に呼びかけると、ユズキはなんとか辛うじて目を開ける。


「ボ、ボス、は……?」


 ハッと我に帰るカンナ。ユズキが吹き飛ばされた事でパニックになり、ミスリルナイトの事など一瞬で頭から消えてしまったのだ。


 カンナが振り向くと、そこには全身がバラバラになったミスリルナイトの残骸があった。


 イヨが駆け寄ってくる。


「ユズキさんの一撃でミスリルナイトは爆散しました。……私達の勝利です!」


 お疲れ様でした、と言って微笑むイヨ。


「まあ、あいつがパワーアップして復活したり、次のボスがあっちの扉から飛び出してきたりとかしたら今度こそ詰みですけどね。」


 そんな冗談を言うイヨに、縁起でもない事を言わないでくれと思い苦笑いを浮かべつつ、ユズキは目を閉じる。


「……ちょっとユズキ! ねぇ! ねぇ!」


 カンナが心配して声をかけるが、残念ながらそれに応える余力は無い。必死で握ってくる手を、辛うじて握り返したユズキはそのまま意識を失った。

「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ