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ゴブリンさんは助けて欲しい!  作者: 玉響なつめ
賢人の思い出編

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 全裸の変質者、もとい人型をとったユニコーンは豪奢な金の鬣を揺らし、腰になんとかエンシェントドラゴンのローブを巻き付けた状態でテーブルについた。

 それは要するに異様な光景である。


 尻尾の生えた、老人姿は中身エンシェントドラゴンの若造。

 頭部が馬のまま、角は引っ込めたらしいのに人化の部分が全裸のユニコーン。

 冒険者たち。

 そして我らがホブゴブリンのゴブリンさんである。


 はっきり言って奇妙極まりないテーブルの完成だ。

 そしてユニコーンは厳かに、「うむ」とひとつ頷いてから全員を見渡した。


「彼女の思い出を知り、勇者の事を知りたいのであったな」


「あ、ああ。だから残された日記を読んでいたんだが……その、罪悪感が半端なくてな」


「さもありなん」


 なんだその厳かさは。馬面の癖に。いやリアル馬系男子なんだけど。

 きらきらした眼差しで、彼は腕を組んだかと思うと目の前の日記帳に視線を落とし、深く深く息を吐き出した。

 そして手を伸ばし、ぺらりぺらりとページをめくって手を止める。


「ここだな。某月某日。オウガとわたしは、国を出て行くことにした」


「無駄にいい声してんだよな」


「馬面だけど」


「だってユニコーンだし」


「そうなんだよな……」


「こりゃ、お前さんらが朗読役を呼んだんじゃろうが。ちゃんと聞けぃ」


 エンシェントドラゴンの姿が老人姿なことも相俟ってお前ら叱られる孫か。そんな風ではあるがやはりその場はどう見たってカオスだ。

 馬面の裸族とゴブリンさんと、鎧等を着こんだ冒険者と、よくわからない老人なのだから。

 きっとここに事情を知らない人間が迷い込んできた眉を顰めること間違いなしなのだ。


 ユニコーンの方は気にする風でもなく彼らが落ち着くのを待っているのか、大人しくしている。

 馬面で全裸だということだけが気になるだけで、彼は紳士な振る舞いをしている。できたら服を着ていただきたいが、そこは全力で拒否された。なんでも自然ではないから、とのことだが――まあ、ゴブリンさんが「一般的に、メスは男の裸ヲ見たガらナイ、腰、セメて、巻け」と言ってくれたところで妥協してくれたのだけれども。女性には優しい。

 

「もう良いのかな?」


「あ、ああ。すまない」


「では続けよう。某月某日――」


 ――某月某日。

 オウガとわたしは、国を出て行くことにした。

 理由は、魔王を倒した後、国がわたしたちを腫物扱いしたことが始まりだったけれど、オウガの鎧と剣を欲したことにあった。

 これらは冒険の末にオウガが手に入れたもの。所有権は彼にあるはずなのに、王国はそれを支援した自分たちが所有するべきだと言った。

 それでもいいんじゃないかなあってわたしは思ったけれど、オウガはこれを「危険な物」だと呼んでいたわ。精霊たちが、関係しているのかしら。……とある、これのことだろう?」


 ユニコーンは懐かしそうに文字を指でなぞる。

 その姿がまるで今は亡き恋人を偲ぶかのような動きで、冒険者たちは何とも言えなくなった。だって馬面なんだもの。


「彼女は非常に清らかな心を持っていた。体は確かに男であったが、それがなんの問題であろうか。彼女は彼女である限り、女性として正しく美しい心を持っていた。ユニコーンは処女性を重んじるなど世間一般では言われるが、我はそのような俗物ではない、無論処女という穢れなき存在は貴ぶに値するが、その心根の美しさは何をもって図るべきであろうか。肉体か? 否! ただそれを受け入れ、受け止め、愛すれば良いのだ!!」


「は、はあ」


「我が出会ったのは森でのことだった。彼女と勇者は追手を撒くように森を歩き、だがその様子に悲壮感は見られなかった。我はそんな朗らかな彼女たちに協力を申し出たのだ。なにかできることはないかと。彼女は謙虚な性格でもあったので遠慮し、我にただただ礼を言うばかりだった……勇者、オウガの方は気安くも我を馬車の馬にでも仕立て上げようとしたので何度蹴り上げたことか! だがあの男、詩的には優れた感性を持っていたようでな、その点は褒めてやろうと思う」


「そ、そうなんですか?」


「ユニコーン、怒涛の喋り、適当に流スのがコツ」


「はっきり言うでないわ、こういうことはあまりはっきり言い過ぎると角がたつもんじゃぞ」


「聞イちャいねーダろ」


 ゴブリンさんがくぁ、と大欠伸をしてもユニコーンが止まる気配はない。彼が言う通り聞いちゃいないのだろう、走り出したら止まれない。だって馬だもの。

 だがどうやら彼もまた勇者と賢者を直に知る貴重な存在であることには違いないようだ。日記を読むより装備について詳しく聞けるかもしれないと冒険者たちは目配せをした。

 だがそこで生じるのは『誰が聞くか』である。

 お前が行けよ、いやお前だろ、という押し付け合いがここに生じる。

 特にユニコーンとなればと女性陣に視線が向くが、彼女たちは全裸の馬面を直視するのはちょっと、と態度も頑なだ。


「な、なあゴブリンさん」


「んぁ?」


「ちょっとあのユニコーン、悪いユニコーンじゃねえってのは俺らもわかるんだが、まだちょっと距離感がわからん。お前さんの方で話を通してくれないか?」


「……単に話しカけ辛イんだナ?」 


「ち。ちげーし! デリケートな問題とかどこまで言っていいかわかんないだけだし!!」


 盗賊男の抗弁も無視して、ゴブリンさんは男戦士の方を見る。

 何を言えばいい、と無言で聞いてくれる態度を示すゴブリンさんに、男戦士は心の中で盛大に感謝した。後でちゃんと言うつもりだけど、今この場で言えばユニコーンに聞こえて機嫌を損ねる可能性があるから黙っておくしかない。


「その、やっぱり日記帳を勝手に読むのは俺らには抵抗があってな。できたらその装備の行方とかを知っていたら教えて欲しいんだが……」


「これを見るが良い!! 我が体に刻まれた、あの男の書いた詩だ……!!」


 こそこそとゴブリンさんに耳打ちする男戦士を他所に、ユニコーンは盛り上がってきたらしい。

 鬣をなびかせ、その逞しい背中を皆の方に向けた。

 真っ白な体躯、その皮膚にじわりと滲む何か――そう、文字だ。


「え、え、文字が浮かび上がってきた……!」


「うわ気持ち悪い」


「これこそが勇者・オウガの記した我を称える詩よ!!」


「え、なんて書いてあるのこれ……?」


 浮き上がった文字は、彼らの知らない言語だ。

 そもそも勇者は異界から来たというのであるからして、文字が違っても何らおかしくないと思う。ただ何か大事な言葉なのかもしれないとごくりと誰かが喉を鳴らした。

 しかし元々文字が読めないというエンシェントドラゴンは我関せずであったし、男戦士とゴブリンさんは真面目に話しているし、もうここは本人(馬?)に聞くしかないと盗賊男は意を決して口を開いた。


「な、なあユニコーンさんよ。俺らにはこの文字が読めないんだけど、なんて書いてあるんだ……?」


「うむ、さもありなん。あの男の故郷の文字であるという。我に刻んだこれは、後世まで残すべきだと言われてまさにと思ったからであるが、魔力の籠ったこの文字からあの男の凄さを垣間見てくれたらと思う!!」


「は、はい……それで、なんと……?」


「それは……」


 ユニコーンが、見返り姿で冒険者たちをはったと見据えた。


「こう書いてあるのだ。『ユニコーン、なんでもいいのかユニコーン』と」


 どうだ凄かろうと誇らしげに鼻を鳴らすユニコーンに、盗賊男がぽつりとつぶやく。


「……多分それ、褒め称えてはいないんじゃないかなー……」

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