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第96話 大人の恋バナ

 生まれ故郷である美羽(みう)市に戻って来た沙耶香(さやか)は、咲人(さきと)が家事代行を終えて帰った後に美佳子(みかこ)と合流した。

 綺麗になった美佳子の自宅で、2人して缶ビールを開けている。所謂宅飲みというやつだ。

 近所のバーに行っても良かったのだが、マサツグを放っておくのも憚られる。故にマサツグをケージに避難させた後、大人の女性2人で飲み始めた。

 かつてはトップモデルとして活躍した2人だ、ただ缶ビールを飲んでいるだけの姿でも十分な華がある。


「猫まで飼ってさぁ~あんた変わったわね」


「えぇ~そうかなぁ? ボクはボクのままだよ」


「自覚がないだけなんじゃないの?」


 美佳子は気がついていないが、実際咲人と出会って変化が生まれている。咲人が美佳子の影響を受けた様に、彼女もまた影響を受けている。

 どうせ自分は結婚出来ないだろうという諦め、諦観の念。そこから来るマイナス思考は、美佳子の中に確かにあった。

 結婚願望はあるのに、恋愛は上手くいかない。かと言って今更生活を改めるなんて不可能だ。全部を頑張るなんて美佳子には出来ない。

 それは甘えだと言われるかも知れないが、何もかも全てを完璧にこなせる人間なんて先ず居ない。

 大企業の創始者だって、身の回りの全てを自分でこなせていた訳では無い。必ず支えになっていた誰が、その裏には存在している。


「やっと寄りかかれる人が出来たって感じかしら?」


「あぁ~~それはあるけど」


「いい意味で力が抜けたんじゃない?」


 美佳子が孤独に暮らしていた頃は、自分が倒れたら終わりだという危機感があった。それは配信者としてだけではなく、人間としての恐怖。

 下手をすれば孤独死をするかもしれない。そんな意識がどこかに必ずあったのだ。ただ高熱を出しただけでも、襲い掛かる孤独感。

 それを知っているから、油断が出来ないと気を張り続けていた。その緊張をいい意味で破壊したのが咲人である。

 もし万が一自分がダウンしても、助けに来てくれる相手がいる。最近では毎朝の様に顔を合わせている。

 仮に以前に美佳子がダウンした時、咲人が邪な心に負けていたら。その場合はこの関係にならなかっただろう。咲人の誠実さが導いた結果だ。


「独りじゃないって安心感はあるかな」


「だから結婚した方が良いって言ったでしょ?」


「流石にさやちゃんが言っていた意味が分かったよ」


 10代や20代の間は、別に恋愛なんて、結婚なんて必要ないと思えてしまう。だが30代になって、老いを感じ始めた時。

 10代の時ほど早く体調不良が治らなくなった時。そこで感じる孤独感は、10代20代の時よりも大きいのだ。

 ただの風邪が、もし肺炎に発展したら。その時助けてくれる家族が、恋人が居ない。この怖さは体験してみないと分からない感覚だ。

 特に最近は感染症が流行する機会が多く、30代でもコロッと死ぬ実例が出ているのだから。

 そんな時にいざとなったら、頼れる相手が居るというのは非常に大きなメリットである。


「人間なんてね、独りで生きるなんて無理なのよ」


「それはまあ、そうだね」


「子供はともかく、パートナーぐらいは居た方が良いわ」


 新たな生命を授かるというのは、ペットを飼う以上に重い責任が掛かる。安易に考えていいものではないし、だからこそ子供を虐待する親が減らない。

 甘く考えて、勢いで作って邪魔になる。それでは何の意味もないし、そもそも虐待は犯罪である。

 また体質や持病などで、作りたくても子供を作れない人だっているのだ。何より子供は大人になった事を示すトロフィーではないのだ。

 やろうと思えば10代でも子供は作れてしまうのだが、それだけで大人になったとはとても言えない。


 重要なのはそこでは無く、共に生きる人が居るか居ないかだ。いざと言う時に頼れる誰かが居ない場合、非常に面倒な事になる。

 特に女性の場合はそれが顕著だ。不審者やストーカー、性犯罪者など男性が側に居ないリスクは馬鹿にならない。

 結婚はしていなくても良い、同性であったとしても構わない。単なる友人でも良いだろう。助け合える誰かが居る、それが一番重要な事だ。


「良かったじゃない、誠実そうで」


「……でもその分モテそうなのが複雑」


「まあねぇ~高1であれだけ大人な子はねぇ」


 中学や高校でモテるのは、精神的に進んでいる事が重要なファクターである。女子の方が早く成長期が来る関係上、男子よりも精神的成熟も早い。

 大体小学校の高学年ぐらいで女子は男子中学生相当、女子中学生で男子高校生相当の恋愛観を持っていると思って良い。

 だからこそ中学生の女子が高校生の男子に、高校生の女子が大学生や大人に惹かれるのだ。周囲の男子よりも大人だと感じて。

 大体はそれぐらいズレがあるので、女子高校生は大学生から20代前半の男性に相当する恋愛観を持っていると考えるのがベストだ。

 そこから考えて咲人は、経験不足はあれども大学生に近い誠実な恋愛観を持つ事が出来ている。だからこそ、女子ウケはかなり良い方になる。


「じゃあさぁ、あんたも来れば良いじゃん文化祭」


「え? なんで?」


「牽制しときなさいよ、自分の男だってさ」


 元々咲人は誘う気でいたが、美佳子の方にも行く理由が出来た。お酒の席で出て来た発想だが、そう悪くはない行動だ。

 まだ学校では恋人が居るという事しか知られておらず、咲人と比較的仲が良い人間にだけ美人らしいと伝わっている。

 やや大人げないかも知れないが、恋は戦いであり戦争の様なもの。最後まで経ち続けた者が勝者なのだ。


 ただそんな事をしなくても、咲人の気持ちが揺れる事はない。だがそれを分かっていても、不安に思うのが恋人という関係だ。

 それは30歳を過ぎていようとも、変わらずに襲い掛かって来る。良い相手であればある程に、そう思ってしまうものだ。

 そんな大人の恋バナを続けながら、お酒を飲み交わす2人の夜は更けていった。

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