第95話 恋人の親友
この状況はどう説明したら良いのだろうか。と言うかどうしてこうなったのだろうか、誰か教えて欲しい。
何故か俺は今、竹原沙耶香さんという物凄い美人であり、雑誌編集者でもある大人の女性とファミレスで向き合っている。
初顔合わせをした日の部活帰りに捕まり、こうして2人で席に座っている。美佳子さんの友人というのだから、多分それが理由だと思うんだけど。
「君は間食とかしないタイプ?」
「いえ、そんな事は無いですけど」
「奢るから好きなの頼んで良いわよ」
メニュー表を見ながら、竹原さんはそんな事を言う。だがここでじゃあ遠慮なく、なんて好き放題頼める程の勇気はない。
無難にドリンクバーとサンドイッチだけにしておいた。こう言う時にはどうしたら良いのか分からない。
親戚とかなら普通に頼めるけど、初めて会ったお姉さんだ。これで何も頼まないのも変な話だし、かと言ってガッツリ頼むのもなぁ。
店員さんが来たらメニューを伝え、また2人の時間に戻る。結局これで正解だったのか分からないまま、俺は竹原さんの反応を窺う。
大人の女性を相手に、表情から感情を読み取れる程に俺は女性との付き合いがない。ここから何を話せば良いのだろうか。
「案外小食なのかしら?」
「いえ、そうでは無く。この後、美佳子さんの家に行くので」
「フッ、そっか~。他所の女と食べて来たなんて言い難いか」
そう言う意味ではないけど、そうでもあると言うか。結構嫉妬深い人なので、反応が分からないのだ。
ただこの人は美佳子さんの親友であるから、知らない女性でもないわけで。それに今沢山食べると、この後動きにくいというだけだ。
美佳子さんと一緒に食べる日もあるけど、今日は父親が早く帰って来る日だ。こう言う時は自宅で父親と食事をする事にしている。
父親の帰りが遅い日はどこで食べても変わらないので、美佳子さんの家で一緒に纏めて作って2人で食べる。その場合は父親の分を持ち帰って冷蔵庫にインで終了だ。
「男子高校生にしては真摯なのね」
「別に普通ですよね?」
「普通はもう少し性欲に支配されているものよ」
「せ、性欲って」
別に性欲が無くて枯れている訳ではない。美佳子さんが相手ならばそれはもう大変な……いやそれはどうでも良くて。
俺はただ美佳子さん以外と、そう言う関係になる気がないだけだ。彼女が居るのに別の女性となんて願わないし、どうにかなりたいとも思わない。
今だって目の前に居る相手は美佳子さんの親友だ。下心を向けようとは思わない。そもそも既婚者だし何かを期待する相手ではない。
綺麗な茶髪も整った容姿も流石は元モデルだなと思う。スタイルも抜群に良くて、目のやり場に困るぐらいだ。
だけどそれだけであり、俺と何か関係を結ぶ人ではない。漫画雑誌のグラビアモデルが目に入ったからって、それだけで恋心を抱いたりはしないのと同じだ。
ただ美しい人物が目の前に居るというだけ。美術品を見るのとそう変わらない。ちょっと刺激的なだけで。ミロのヴィーナス的な?
「ふぅん、年上なら誰でも良いって訳じゃあないのね」
「それはそうですよ。当然じゃないですか」
「即答出来るのはポイント高いわね」
もしかして、俺は何かを試されているのか? これは友人の恋人を品定めしていると言う事か?
言ってしまえば面接に相当する訳だ。なるほど、わざわざ俺を待っていたのはそれが理由なのか。
何の用事があるのか理解出来ていなかったけど、これで大体は分かった。全てが当たっているかは分からないけど、多分そう言う事なのだろう。
最初から真面目に対応しておいて良かった。何がどこでどのぐらいの減点対象になるか分からない。
ここからも慎重に受け答えをせねばならない。一層気合を入れて、俺は竹原さんと向き合う。
「ん? ああ勘違いさせちゃった?」
「え? それは、どういう?」
「別に君を合格だ不合格だって、決めに来たんじゃないわよ」
あれぇ? そういう事だと思ったのに違うらしい。それなら尚更意味が分からないんだけど。
じゃあ何の目的があって俺と、わざわざ2人きりで話しているのだろうか。見定める以外に理由なんて、もう俺には思い浮かばない。
家事代行の話を聞きたいとか? でもそんなのを聞いて何になる? 今の友人の生活が知りたいとか?
いやそんなの本人に直接聞くか、家に行けば解決だろう。最近初めて彼女は出来た程度の、ただの童貞にはもう想像つきません。
難しいよ大人の女性達って。美佳子さんぐらい分かり易かったら良いのに。きっとこの人は阿坂先生と似たタイプに違いない。
「あのねぇ~それなりに稼いでいる30過ぎの女性に、まともな男選びが出来ない筈ないでしょ」
「あ、あぁ~。確かに」
「そうじゃ無くてね、あの子をお願いねって言いに来たのよ」
そういう事だったのか。確かに冷静に考えたらそれは自然な話だ。美佳子さんは良い大人であり、大金を稼いでいる人だ。
財産目当てのクズ野郎を選ぶ訳がない。そしてモデルをやっていた事から、体目当てのスケベ野郎に引っ掛かる筈も無く。
人生経験や恋愛経験をちゃんと積んでいる人が、初歩的なミスを犯す筈がないのだから。いやまあ後者に関してはちょっと全否定出来ませんけどね。
俺にもそれなりにスケベ心はありますからね。健全な男子高校生として、美佳子さんの魅力に惹かれてはいますよ。
「あの子はあんな生活するでしょ? だから続かなくてね」
「俺はそこも含めて好きなんで、大丈夫です!」
「言うじゃない、美佳子をお願いね。ああでも、泣かせたら許さないから覚えておいてね?」
最後の一言だけは物凄い圧を感じた。竹原さんの背後に炎を吐く恐ろしい龍が見えた気がした。
もちろん泣かせる様な事をするつもりはありませんとも。ただちょっとだけ、より一層気をつけようと改めて思ったのは間違いない。
やっぱりこの人、阿坂先生と似た様なタイプだよ。圧の掛け方が良く似ている。つまり俺の苦手なタイプだ。




