第94話 メニューを決めよう
メイクの練習も当然大切だけど、忘れてはならないのが喫茶店としてのメニューである。
そもそもメイド&執事カフェをやる以上は、どんなメニューを出すかは非常に重要なのだ。でないとただのイロモノ枠で終わってしまう。
飲み物はある程度定番を抑えていれば良いとしても、食べ物はしっかりと考えて決めないとカフェとして致命的だ。
俺達がそもそも作れるのか、更には食材の費用など考慮すべき点は多い。手間を省いてありがちなサンドイッチのみでは魅力に欠けるだろう。
そこについて、ホームルーム中に話し合っている最中だ。ウチのクラスで文化祭実行委員をやっているのは一哉と斎藤さんだ。
今2人は黒板の前に立ち、候補としてあがったメニューを書き込んでいる。
「他に何か候補あるかー?」
「ハンバーグは~? この前皆で作ったじゃん」
「おお、確かにそうだな」
クラスメイトの女子からハンバーグが候補に上がる。調理法を皆が一度経験しているというのは大きなメリットだと思う。
作った事のない人が多い料理ばかりでは、作れる人が限定的になってしまう。というか主に俺の負担が上がる。
今上がっているのは定番物のサンドイッチにトースト、チキンライスとオムライス、それからデザートのバニラアイスだ。
パン系はまあ誰でも出来そうだし、アイスなんて既製品で良い。問題はチキンライスとオムライスか。
これらを作れるクラスメイトが何人居るのか、少し気になる所ではある。今のうちに確認しておいた方が良いだろう。
「なあ一哉~! オムライスとチキンライスを作れる人って何人いるんだ?」
「え~まず咲人だろ。他に誰かいる?」
「俺を前提にするのはやめい! 作れるけど!」
それぐらい作れるけど、俺だって作った事がない料理だってある。あんまり過信されても困るぞ。
実際俺はアイスを作った事がないんだからな。だって俺の家は男2人暮らしだ、わざわざアイスを作る必要なんて無かった。
一応ショートケーキなら作った経験はあるけど、それも簡単な物だけだ。ブッシュドノエルみたいなケーキを要求されたら少し困る。
基本的にお菓子類は簡単なメニューしか作った経験がないから、マカロンを出そうとか言い出されると不安は残る。多分レシピさえ見れば作れるとは思うけど。
「一応咲人以外にも4人居るわ!」
「それなら良いんだ。俺はメイク係もやらないといけないしな」
「あ~そだね。東頼りはちょい不味いかも」
斎藤さんが分かってくれたみたいで助かる。一哉だけだと出来るだろ? ぐらいの適当さで決められ兼ねない。
そして作れると宣言したのは調理実習で料理経験者だったメンバーだ。そりゃそうなるよな。厨房係はあの4人に任せようかな。
俺は厨房サポート兼女子の男装メイク担当って立ち位置でやらせて貰おう。後は予算との兼ね合いで全部実現可能かどうかだ。
予算については担任の関谷先生に聞かないと分からない。だが肝心の関谷先生は先程、用があると言って退室していったので今はこの場に居ない。
なのでとりあえず他の候補も考えようという話になり、メニューに関する話題が続いていく。
色んな候補と作れるかどうかの確認が進む中で、担任の関谷先生が教室前のドアを開けて戻って来た。
「待たせたなお前ら。ちょっと紹介しないといけない人が居てな」
「え、関ちゃん結婚でもすんの?」
「関ちゃんは止めろ斎藤。ウチのクラスに取材をしたいと言って来た卒業生が居るんだ。ささ、入って下さい」
関谷先生の案内で、1人の女性が入室して来た。茶色に染めた艶やかな髪をポニーテールにした長身の女性。
誰もが振り返る美人と言っても過言ではない整った顔立ち。少し釣り目気味で意思の強そうな雰囲気は、如何にも仕事が出来そうに見える。
グラマラスな肢体にパンツスーツが恐ろしい程似合っている。仕事モードの美佳子さんや、阿坂先生と遜色がない大人の魅力が溢れるお姉さんだ。
俺は前もって聞いているから、この人が誰かはすぐ分かった。しかし良く知らなかったクラスの男子達がざわめき出す。
興味津々といった表情で一哉が目を輝かせているが、その人は既婚で子持ちだぞ。
「初めまして、竹原沙耶香と申します」
「この方は東京の出版社、藤原書房で編集長をされている」
「君達には、ポップガールを出している会社と言えば分かり易いかな?」
その瞬間女子達が一気に盛り上がり始める。前もって俺から聞いていたから、もしかしてと思ってはいたのだろう。
実際に本人から証言が取れた事で、その空気は爆発した。黒板の前に居た斎藤さんなんて、憧れの芸能人に会えたかの様な喜び具合だ。
実際に芸能人かと思う程に美人だからそうなるのも仕方はないか。というかこの人も美佳子さんと同じ元モデルである。
立ち位置的には殆ど元芸能人みたいな人だ。かつては雑誌の表紙を何度も飾っている。しかし話には聞いていたけど、恐ろしい程の美人でビックリだ。
ちなみに主婦業もこなせる人と聞いているので、美佳子さんみたいな残念美女ではない。
そんな竹原さんが何やら斎藤さんに尋ねている。次の瞬間には斎藤さんが俺の方を指差した。えっと、何だろう?
「ふぅん……」
「え? えっと?」
良く分からないけど竹原さんは、面白いモノを見つけたかの様な表情でニヤリと俺を見て笑った。
何だろう、猛獣に睨まれた小動物の様な気分が一瞬したんだけど。気のせい……だよな?




