第88話 咲人君そこまで考えてないです
その日の美佳子はいつもの様に仕事をしていた。彼女の親友である竹原沙耶香とリモート通話で会話をしながら、今月掲載するコラムについての話をしている。
美佳子がコラムを載せる事になったのは、沙耶香が編集長を務めているポップガールという雑誌である。
10代の女子中高生を対象にしたファッション誌で、多くの10代女子達が参考にしている人気ぶりだ。
紙媒体でも売っているが、電子版の配信もされている。割合としては紙の方が売り上げの7割を占めている。意外と今時の10代も雑誌は紙の方が良いらしい。
「今月はこんな感じで良いかな~?」
『そうねぇ……うん、大体はOKね』
「これ効果出てるの?」
『結構売り上げ増えたわよ? 前年比で1割ちょいは上がったわね』
人気Vtuber園田マリアとしてのコラムにより、美佳子は結構な貢献をしていた。たった1コーナーで1割も上がっていればかなり大きい。
やはり今の時代は配信者による影響は大きく、様々な業界がコラボレーションをしている。地方自治体が地域おこしに利用する事まである程だ。
今やその人気は留まる事を知らない。もちろん数多居るVtuberの全てがその領域にいる訳ではないが、地域や社会への貢献が近年は馬鹿にならない勢いがある。
その1人として、美佳子の影響力は大きい。元モデルという肩書が10代女子の興味を引いたのもある。
だが何よりも大きいのは、オタク文化に理解のある非オタクであるという点だ。それはつまり、どちらの層にも受ける下地があると言う事。
「意外だなぁ~今の子ってファッション誌ちゃんと読むんだ」
『案外若い子も本や雑誌を読むわよ』
「そうなんだねぇ~咲人も読むのかなぁ?」
若い世代は本を読まないと思われがちであるが、意外とそんな事はない。若い世代の総数が減った事によって誤解されがちなだけだ。
実はそれ程大きく10代の読書率は減ってはいない。むしろ上がっているというデータも出ている。
流石に純文学や文芸の様なジャンルになって来ると厳しい所はあるが、若い世代に受けやすいジャンルであればわりと読まれている。
少子化によって10代に対する売り上げが減っていても、イコール読んでいないとは限らない。
実際咲人もスポーツ関係や青春物であれば、購入する事もあるし読んでいる。そして10代女子達も、本やファッション誌を買っている。
『そう言えばアンタ、彼氏とはどうなの?』
「順調だよ~。喧嘩らしい喧嘩もないし」
『それは相手が呆れて終わっているだけじゃない?』
沙耶香の指摘は間違いではないのだが、正解とも言い切れない。確かに呆れてしまう事もあるが、そんな駄目さ加減がまた咲人の心を揺さぶるのだ。
言ってしまえば咲人は尽くすタイプであり、美佳子の駄目な所が放っておけないのだ。見ようによっては、駄目な大人に引っ掛かったとも言えなくはない。
だがそれで本人が幸せなのだから、無関係な外野がどうこう言う話ではない。結局のところ恋愛なんてものは、当の本人達がどうかである。
もちろん法に反する様な恋愛は推奨されないが、守っているなら何の問題も無い。特に咲人に関しては父親公認である。
美佳子は知らない事だが、学校サイドにも把握している者が居る。健全さに於いては十分担保されている。
「そんな事ないです~ボクはちゃんと愛されてます~」
『アンタが年下にそこまで入れ込むとはねぇ』
「あぁ~~~それはボクもびっくりかな」
美佳子の恋愛遍歴は大体同い年か年上である。後輩との交際もあったが、咲人程に歳が離れた相手との恋愛経験は無かった。
それがいざ出会ってみれば順調に惹かれていき、今ではもう咲人以外は有り得ないという程のゾッコン具合である。
咲人も咲人で大概ではあるが、美佳子の方もしっかりと沼に全身浸かり切っているのだ。
他人に彼氏を見せびらかしてマウントを取る目的で考えると、咲人はそれ程適任とは言えない。
しかし結婚相手として理想的かと言う観点で見ると、咲人はかなりの優良物件である。それこそが咲人の男としての価値である。
特に美佳子ぐらいの年齢になって来ると、顔が良いだけの男などほぼ無価値であるのだから。
「あ、そう言えばさ~咲人のクラスで、さやちゃんが好きそうな企画やるよ」
『え、何? どういう事?』
「文化祭でさ、男装女装のメイド&執事カフェやるんだってさ」
『…………ふぅん』
美佳子は美佳子で中々濃いキャラクター性を持つ女性だが、そんな彼女と友人関係である沙耶香もまた変わり者である。
だからこその元モデルでありながら、ファッション誌の編集長という立場だ。美佳子とは違った破天荒さを持ち合わせているのが、竹原沙耶香という女性である。
面白そうな事に全力投球なのは、美佳子とそう変わらない。フットワークの軽さと高い行動力が彼女の特徴である。
そんな沙耶香が面白そうな企画を知って、大人しくしている筈がない。雑誌のネタに使えそうであれば、即突撃が沙耶香のスタイルである。
『アンタの彼氏、美羽高校の生徒だったわよね?』
「うん、そうだよ~」
『OBの力を行使させて貰いましょうか』
美佳子に相談した事により、咲人が想像していたよりも規模の大きな話へと発展していく。
そんな事を知りもしない咲人は、今日も部活に精を出していた。まさか自分が大事の中心人物として、巻き込まれる事になるとは思ってもいなかった。




