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第8話 新人長距離ランナー

 美羽(みう)市内にある市立高校、美羽高校は文武両道を目指す学校である。生徒数は900人程で、都会の大規模な高校には及ばずマンモス校には程遠い。

 地方都市の高校としては十分な生徒数が集まっているが、野球等の人気スポーツでは有名な強豪校には届かない。

 かつてはその様な学校であったが、ここ20年ほどはスポーツ推薦での入学枠を増やして強化を図った。

 その甲斐もあって、元々優秀であった文化系だけでなく体育会系の部活もいい成績を最近は残している。

 その中の1つが陸上部だった。どうしても人気の有る野球部やサッカー部、バレー部には及ばないがそれらに次ぐ人数が所属していた。


「ハッ、ハッ」


 その1人である東咲人(あずまさきと)は、長距離ランナーとして期待されている新1年生だ。今日も放課後の部活動で走り込みをしていた。

 学校の敷地から出て、決められたルートを走っている。かつて体育教師が自ら測定した距離によってルートが分かれている。

 校門前から丁度1kmになるルートから、3kmや5km、10kmまで複数のルートが存在している。

 長距離ランナーである咲人は10kmが定番であり、本日も美羽高校に入学してすぐに教えられたルートを走っていた。

 全国高校生マラソンの舞台を目指し、咲人は小学生の頃から努力を続けて来た。


「すぅーーーふぅ」


 校門前に戻って来た咲人は、深い息を吐き呼吸を整える。咲人にすれば10kmは走れて当然の距離だ。

 フルマラソンの凡そ4分の1でしかない。いつか大人になったら、その距離を走り切るのが咲人の夢だ。

 陸上に興味が無い人にはあまり知られていないが、未成年はフルマラソンの大会に出場出来ない場合が多い。


 正確に言えば日本では、という注釈がつく。海外だと18歳未満でも出場可能な国もある。

 日本で高校生を出場させない大きな理由としては、42.195kmを走る事による身体的負担がある。

 フルマラソンは大人でも走り切るのに相当な負荷が掛かる。まだ成長途中の高校生には負荷が大きいと判断された。

 他にも細かな理由はあるが、基本的に日本国内で正規のフルマラソンに高校生は出場出来ない。ハーフマラソンでも18歳以上という制限が課されている。


「おーっす! お疲れ咲人」


「ふぅ。一哉(かずや)か、何だ?」


「今日の帰りさ、ラーメン食いに行かね?」


 咲人と同じく陸上部に所属する生徒、坂井一哉(さかいかずや)が部活後の外食に誘って来た。彼は咲人とは逆に短距離ランナーとして期待されている1年生だ。

 ショートカットにしている咲人とは違い、少し長めの茶髪にイタズラが好きそうな、如何にもヤンチャ坊主と言った風貌の少年だ。

 得意分野は違うものの、同じスポーツ推薦で入学した者同士として入学当初から意気投合した咲人の友人だった。


 咲人達の様な育ち盛りの体育会系男子は、部活後に間食を挟んでも夕食を平然と食べられるぐらい食欲がある。

 ラーメンの一杯やハンバーガーのセットなど、軽くペロリと平らげる。プロのアスリートなら食事にも厳しい制限が課せられるが、彼らはまだ高校生だ。

 そこまで厳しい食事制限はない。また美羽高校は自由な校風を売りにしているので、放課後の行動にもそれほど煩くはない。


「あ〜悪い一哉、今日は予定があるんだ」


「お? 何だ? 彼女でも出来たか?」


「いや、その……ちょっとあっちで話そう」


 最近になってアルバイトを始める事に決めた咲人は、月水金の部活後は美佳子(みかこ)の家で家事代行をせねばならない。

 本日はその記念すべき1日目となっている。だが美羽高校の校則上、アルバイトは原則禁止だ。

 咲人の様な父子家庭や母子家庭であれば、金銭的理由と説明すれば一応は許可が出なくもない。

 ただ東家はそこそこ裕福である為、その方向性で許可を得るのは難しい。それ故に学校では秘密にしておく方が無難だ。

 そんな理由からあまり人前では話せない為、校門前から離れて人の少ない校舎裏に移動する。


「実はな、最近バイトを始めたんだ」


「おいおい大丈夫なのか? この前先輩がバレてただろ」


「人前には出ないからな、多分大丈夫だ」


 普通とは違う形で始まったアルバイトであり、コンビニ等で働くのではない。仮に見回りの教師が巡回していたとしても、見つかる可能性は低かった。

 最悪バイト帰りに教師に見つかったとしても、友達の家に居たなどと言い訳の応用はそれなりに効く。

 それに咲人の自宅から美佳子の住まうマンションは近いので、そう言ったリスクはかなり低い。

 仮に美佳子の部屋に到着するのが19時になっても、2時間作業したとして21時だ。22時以降は禁止されている高校生の労働時間にも違反しない。

 そもそも美佳子もそれ以上働かせる気がない。1〜2時間家事をしてくれたらそれで良いと考えている。


「何のバイトなんだ?」


「家事代行だ」


「は? お前その顔で家事出来るの?」


「その顔は余計だ!」


 360度どこから見てもスポーツ少年と言う外見の咲人だ。確かにこれで家庭的というのはギャップがあるだろう。

 そんな咲人が毎日学校に持って来ている昼食の弁当は自作である。制服のボタンが取れた時などに備えて、ソーイングセットまで所持している。

 まだ入学して間もないので、こう見えて家庭的な少年だと言う事はまだあまり知られていない。

 近年は家事が出来る男性は女性受けが良い。中学時代からそう言った面で女子受けが良かったのだが、咲人はその自覚がないのでそんな事実は知りもしない。


「ま、そんな訳だ。悪いな一哉」


「黙っておいてやるから今度奢れよ」


「お前、良い性格してるって言われない?」


 破格の料金で働いている事は流石に伏せた。週3回で1万円以上だ、高校生の収入としてはかなり大きい。

 その理由を説明しようとすると、色々と厄介な事になる。特に雇い主である美佳子に関する情報が。

 1人の女性のプライベートに関わるし、人気配信者でもある。下手に情報は漏らさない様にしようと咲人は決めていた。

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