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第75話 ちゃんと共有はしよう

 とりあえず自分がミスったのは理解出来たけれども、言い出す機会も勇気もないまま1日が経ってしまった。

 記念日の重要性について調べれば調べる程に、やらかした重みを感じてしまっていまいち踏み込めない。

 本当は凄く怒っているのではないか、実はもう失望されているのではないか。そんな事を一度思ってしまうと、中々話題には上げにくくなる。

 でも自分の過ちである事になんら違いはなく、謝らねばという自責の念だけが募っていく。


「今日はカレーの気分だからカレーが良いな!」


「はい。分かりました」


咲人(さきと)? どうかしたの?」


 俺としては表には出していないつもりだったけど、美佳子(みかこ)さんには気付かれてしまったらしい。

 所詮は高校生の浅知恵に過ぎなかったというか、ほぼ毎日顔を合わすのだからそりゃバレるだろうという。

 こう言った所もまだまだ未熟って事なのだろうなと思い知らされる。どう対応するのが正しくて、何が間違いなのか不明な点が多い。


 山崎(やまざき)さんに言われた様に、ちゃんと話し合った方が良いと分かってはいる。だけどそんな初歩的な事も分かっていなかったのかと、思われてしまうのも少し怖い。

 経験が無さ過ぎて恋愛が下手過ぎる現実を、恋人の前で晒してしまう事が恐ろしいと思う。

 でもそれは自分を守っているだけだと、阿坂(あさか)先生からの忠告で知っている。だからここで、踏み出さねばいけないんだ。


「……美佳子さんが、怒っているんじゃないかと思って」


「ボクが? なんで?」


「1ヶ月の記念日を、その、祝っていないから……」


 俺は恐る恐る尋ねてみた。最近分かった事だが、俺は案外恋愛に関しては臆病な面があるらしい。

 告白する勇気が中々持てなかった事もそうだけど、嫌われてしまうのが物凄く怖いと感じる。

 ガッカリされたくないという思いが非常に強いと気付いた。それは友人達に対しても多少なりとも感じてはいるが、それでもこんなに強くはない。

 好きな人の評価が下がる事と、友人からのそれでは大きく違う。誰かを本気で好きになるまで、こんなに心苦しい事だとは知りもしなかった。

 クラスメイトと合わないと感じたとて、仕方がないと納得が出来る。しかし好きな人が相手だと、それを簡単には受け入れられない。


「え、そんな事を気にしてたの?」


「だって……ネットでも1ヶ月記念にオススメのプレゼントとか書いてあるし」


「ボクは面倒かな~毎月記念日をやるの」


 えっと……つまり、これは俺の独り相撲だったという事か? ああ、だから最初に話し合う事だって言われたのか。

 確かにこれは、ちゃんとお互いに把握しておいた方が良い。勝手に勘違いして怒っているかもとか、すれ違いを起こしかけていた。

 今日ここで打ち明けていなかったら、どうなっていたか分からない。恋愛というだけで難しいのに、その上認識を共有出来ていないのは不味い。

 つい無意識に見栄を張ろうとしてしまう。男として立派であろうとしてしまう。それで勝手に空回りして、勝手に勘違いをしていた。みっともない話だよな。


「もう、仕方ないなぁ。ちょっとこっちおいで咲人」


「え、はい」


「無理にスマートに、こなそうとしなくて良いんだよ」


 自分を責めていた俺を、美佳子さんは優しく抱き締めながらそんな事を言う。どういう意味だろうか。

 無理をしていたつもりはないのだけど、どうやらそんな風に見えていたらしい。俺としてはまだまだ未熟者であるから、釣り合う男を目指すのは普通だと思っていた。

 美佳子さんの隣に立てるだけの男になろうとしていた。早く大人の男として見て貰える様に、そう思って来た。

 でもそれがいけない事なのだろうか? 不要な事だと言うのだろうか? どうやら美佳子さんが望む方向性ではないらしい。


「ボクは別にスマートな大人の男性が好きなんじゃない」


「……えっと」


()()()()()()()()()()()()()だ、分かるかな?」


「意味は、その、なんとなく」


 そうか、こう言う事もちゃんと最初に話し合わないといけないんだ。俺が勝手に、惚れた女性に釣り合う様にと思っていただけだ。

 美佳子さんが俺にどうなって欲しいか、直接聞いた訳じゃない。恋人関係になれた事ばかりに注意が行っていて、意思疎通が疎かになってしまっていた。

 そもそも美佳子さんは俺に、大人のスマートな男性像を求めた事なんて一度も無かったじゃないか。

 もっとしっかりして欲しいとか、そんな風に言われた事なんて無いんだ。どこからどこまでも、全部俺が独りで思い込んでいた事に過ぎなかった。

 急に肩の荷が下りた気がして、安堵した自分が居る。このお酒とタバコと、美佳子さんのいい匂いが入り混じった空気が、俺に安心感を与えてくれている。


「咲人は変な我儘も言わないし、そのまま順当に年齢を重ねてくれたら良いから」


「このままで、良いんですか?」


「人生経験なんてね、詰まないと蓄積しないからね」


 少し急ぎ過ぎていたみたいだ。今すぐどうにかならない物を、手に入れようとしていたらしい。

 だから無理をしていると映ったのだろう。そして実際俺も、知らぬ内に無理をしていたのだろう。

 こんな風に言って貰えて、少し気が楽になっているから。こうしてちゃんと話し合って、どうして欲しいのかは共有し合う。

 それが一番大切な事なんだなと、ここ最近のアレコレで理解出来た。阿坂先生や山崎さんの言っていた事の本質。

 それが今日、本当の意味で分かった気がする。お互いが相手に求めている事を、しっかり口にする事が大事なんだと。


「思っている事を共有するのって、大切なんですね」


「そうだよ。ちなみに言っておくけど、ボクは咲人が高校を卒業したらお風呂に入れて貰うつもりだからね」


「……えっと、どういう意味です?」


「だってお風呂面倒だもん。咲人に洗って貰って、咲人に拭いて貰って、咲人にドライヤーして貰うから」


「アッハイ」


 ちょっと良い話風になったと思ったけど、全然そんな事は無かった。だって、美佳子さんだもんな。

 でも一緒にお風呂に入るというだけで、ちょっとアリだなと思っている俺も大概アレなんだろうな。

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