第73話 園田マリアの雑談配信④
9月になっても蒸し暑い夜が続くなか、園田マリアの配信はいつもの様に行われている。
まだまだ地域によってはクーラーが必要な気温ではあるが、そんな事は彼女には関係がない。今日も元気に雑談配信をリスナー達と楽しんでいた。
「まだ夏休みの子も学校が始まった君も、元気にしてるかなー?」
『初日から遅刻した』
『いやだー! まだ遊びたい』
『秋……体育祭……うっ頭が』
『学生の内に遊んでおけよ』
『大人には夏休みなんてないんや』
今日も様々な年齢層のリスナー達が集まっていた。今回の配信はこれと言って特に報告があるわけでもなく、本当にただの雑談でしかない。
ファッション誌でコラムを書くようになる事はまだ企画段階なので、今ここで明かせる話でもない。
グッズ関係も裏では色々と進行中だが、そちらもまだ公開出来るような段階には至っていない。
美佳子はいつも残念な生活を送っている様でありながら、その裏ではしっかりと仕事をこなしている。
最近では咲人の存在がその支えになっており、美佳子のモチベーションはかなり高くなっている。非常に良い状態であると言えるだろう。
「もう夏休みなんて10年以上前だなぁ。学生は良いよねぇ」
『でもテストとかあるし』
『今年受験です……』
『わたし勉強出来なさ過ぎて終わってる』
『ぶっちゃけ大学が一番気楽』
『大学時代は自由だったのになぁ……』
学生時代とは不思議なもので、やたらと学校に時間を割かれている様に感じてしまうもの。
しかしいざ大人になってみると、その頃の方が遥かに自由な時間を過ごしていた事に気付くのだ。
親に生活を支えれられ、家事に時間を割かれる事もない。起きれば朝食が出来ていて、帰ったら夕食が食べられる。
その有難みというのは、子供の頃は分からないものだ。大人になって初めて、その頃の恵まれた環境の素晴らしさが実感出来る。
だがお金の自由度は大人になってからの方が遥かに高くなる。殆どの人間は大人になった時、時間的余裕を失い金銭的余裕を得る。
両方をずっと得たままで居られるのはごく一部の人間だけだ。余程人生が上手くいかないとそうはなれない。
「てかボク、学生時代もモデルやってたし、わりと忙しかったかも。今思うと」
『良くやるなぁ』
『羨ましいけど大変そう』
『働かずに生きたい』
『宝くじ当てるしかない』
『5億ぐらい欲しい。非課税で』
美佳子は今でこそVtuber園田マリアとして活動しているが、昔は結構な人気のあるモデルだった。
ファッション関係のイベントには頻繫に呼ばれていたし、女優をやらないかと誘われてもいた。
学生時代からその片鱗を見せていた為、高校生ながらも忙しくしていた。それ自体は美佳子も楽しめていたし、学生としても充実した日々だった。
高校生らしく夏休みに皆で集まって遊んだ事は何度もある。残念ながらその頃から、恋愛関係は上手く行っていなかったが。
今の残念な部分は、学生時代から既に持ち合わせていたのだ。
「あの頃は親に部屋を片付けろって、良く怒られてたなぁ」
『この汚部屋、歴史有り』
『大人になってからじゃないのがホラーよな』
『親でも矯正出来なかったのヤバイ』
『中学の時点でコバエ湧かせた話ホンマに好き』
『無駄な才能過ぎるんだよ』
園田マリアとしての定番ネタで、中学の時に放置していたペットボトルにコバエが湧いたという話がある。
飲みかけのまま放置していた紅茶のペットボトルに、いつの間にかコバエの卵が大量に入っていたというエピソードだ。
この話を披露した時は、切り抜き動画が凄い勢いで拡散されて行った。残念な女性という方向性でウケていく切っ掛けの1つである。
他にも有り得ないレベルの汚部屋エピソードや、ヘビースモーカーで酒豪でもある事が次々に判明して行った。
その結果が今であるのだが、かつての失敗を面白い話に出来たのは美佳子のキャラクター性が故である。
「まあそんな話は良くてね、新しいゲーム配信を何か増やそうと思うんだけど何が良い?」
『マジモンFDやって!』
『皆でポタランやろ!』
『ゾンビハザード!』
『BE QUIETは?』
『呪言』
「えぇ~~~ホラー多くない? もう夏じゃないしホラーはもう良いじゃん」
美佳子は大抵の事では動じない豪胆さを持っているが、しかし苦手なモノも存在している。その代表的なモノがホラーである。
ゲームにしろ映画にしろ、何であろうとホラーというジャンルが苦手だ。せいぜいサスペンスまでが美佳子の限界だ。
特に近年のホラーゲームはリアルさも臨場感も増しているので、美佳子としては絶対にやりたくないジャンルである。
これまでに視聴者獲得の目的で何度かやって来たが、あまりにも怖がり過ぎるので変な需要が生まれていた。
世の中にはホラーゲームで絶叫している配信者を観たがる人々が、一定数存在している。大絶叫等とサムネイルに記載があると、つい視聴してしまう人達だ。
「ホラーはやめない? なんでそんなに皆ホラー推しなの?」
『だって面白いし』
『音圧がヤバイよな』
『110番されるレベル』
『音割れしまくるよな』
『あれマイクが逝かないの謎』
結局この日はホラーゲームを拒否した美佳子であったが、後からその意思を覆す事になった。
後日ホラーゲーム実況のアーカイブを観た咲人に、怖がっている所も可愛いと言われてしまい結局ホラーゲームをやる事にするのであった。




