第72話 新学期の到来
美佳子さんの誕生日も無事に祝う事が出来、高校生になって初めての夏休みは終わりを迎えた。
俺は夏休みの宿題は先に終わらせるタイプなので、夏休み明けからバタバタする事はない。
むしろ清々しい朝を迎え、登校する前に美佳子さんの家で料理をして来るぐらい余裕があった。これからは毎朝、恋人の朝食を作る生活を続けていくつもりだ。
ついでに自分の弁当を作る事も出来て一石二鳥である。初日からとてもいい気分で俺は自分の席に着いた。
「うーっす咲人」
「おっす一哉」
「何か夏休みもあっという間だったな」
それは本当にそうだった。気が付けば始まって、やる事に追われていたらもう終了していた。
俺の場合は特に美佳子さんとの日々があったので、瞬く間に時間は過ぎていった。楽しい時間ほど早いとは良く耳にするけど、今年の夏は本当に早かったな。
それだけ楽しい想い出が沢山あったと思えば良い事ではあるのだが。もちろん大変な事だって一杯あった。
想い人に告白したら、吐瀉物を頭から被ったり。それすらも今では良い想い出の様に感じている自分が怖い。
何をどう考えても、良い想い出ではない筈なのに。慣れっていうのは恐ろしいものだと実感する。
「おはよう2人とも」
「おはよう澤井さん」
「よぉ澤井!」
今では定番となった3人での集まりだ。同じ陸上部同士という事もあって、今ではこのメンツで居る事が日常になっている。
クラスでもトップを走る美少女がいつもの様に話し掛けて来る。そんな事が日常化するなんて、思ってもみなかった。
プライベートでも一緒にジムに通っており、顔を合わせる機会は多い。彼女に好意を寄せている男子からすれば、これ以上ない程に恵まれた環境に見えるのだろう。
実際にはもっと綺麗な大人の女性と付き合っているのだが。そんな事を知っているのは僅かな人々だけである。
故に彼女を狙う男子達の視線がやや痛い。だからと言って邪険にする理由にはならないので、澤井さんを交えて談笑する。
「あれー? 朱里って、東達とそんなに仲良かったっけ?」
「同じ部活だからね」
「あんたさ~もしかして……」
「違う違う! 坂井君はエッチだし東君は彼女居るし」
「俺の評価酷くね!?」
女子バレー部所属のこれまた美人で有名なクラスメイト、霜月さんが俺達の席にやって来た。
本日も綺麗な金髪がポニーテールに纏められて揺れている。そうなると当然ながら男子達の視線はより集中する。
霜月さんは霜月さんで非常に人気が高い女子生徒だ。噂では既に何人かの先輩から告白をされている程だという。
それもあり聞き耳を立てていたらしい一部の男子達は、澤井さんの発言により警戒を解いた様だ。
そのせいで一哉がダメージを負ったが、それは自業自得である。日頃の行いが悪いのであって、他の誰のせいでもない。
決して悪い奴ではないのだが、チャラいが故の致し方ない評価である。明るくて面白い奴ではあるが、マイナス面が足を引っ張っている。
決してモテない訳では無く、人気はあるが人を選ぶ男だ。もう少し真面目に生きればもっとモテるのではないだろうか。
「だよねー東はともかく坂井はないよね」
「おい!」
「てか東って恋人居たんだ」
「まあ、夏休み中にね」
恥ずかしながら所謂夏休みデビュー的な事をね、やっちゃいましたね。殆ど勢いに任せた告白であり、後先なんてまともに考えていなかった。
将来美佳子さんとどうなりたいかは決まっていたけど、そこに至るまでの道筋をしっかりと考えられてはいない。
むしろそれはこれからであり、1つずつクリアしていかないといけない。例えば結婚するにしても、何歳でするのかとか。
ヒモになる訳にはいかないから、就職はどうしようとか。まだ高1だとは言っても、既に9月に突入している。
今年も残るはあと3ヶ月しかないのだ。2年生になるのも時間の問題であり、進路についても考えていく必要がある。
「お前ら席につけよー」
「あ、先生来ちゃった。また後でね」
「じゃあな!」
3人は自分の席に戻って行き、朝のホームルームが始まった。そこから体育館へ移動し、始業式が始まった。
これと言って当たり障りのない校長の長い話と、俺達陸上部や他の部活に関する表彰式が行われる。
小学生の頃から表彰される事が何度かあったので、今となっては慣れたものだ。特にこれと言った感想はなく、校長から賞状を貰って終了だ。
今までと何か違う所があるとすれば、一番褒めて欲しい女性から既に褒められた後だという事。
好きな女性に十分なお祝いを貰ったので、昔ほど誇らしさの様なものは感じなかった。そうして始業式は終了し、俺達は再び教室でホームルームを受ける。
「秋には文化祭があるからなー。今月中には決めるから、やりたい事があるならちゃんと考えておけよ」
そんな担任の教師による発言で、教室内が若干ざわめき始める。そう言えば文化祭なんてあったな。
俺は特にやりたい事もないし、そういうのは一哉みたいな奴に任せておこう。内容によっては美佳子さんを呼んでも良いかもな。
彼女と文化祭を一緒に周るなんて、男子高校生としては是非とも経験したいシチュエーション。
なんて事をこの時は気楽に考えていた訳だが、一哉の様なタイプに丸投げしたのは失敗だった。
それを思い知らされるのはもう少し後であり、この時の俺にはそんな事を知る由もなかった。
■ミスに気付いたので過去のエピソードに修正を入れています。
48話冒頭……駅伝大会まで1週間を切っていた→3日を切っていた
60話冒頭……8月に入った→8月の上旬が終了した
この辺りの日程感がちょっとガバっていたので訂正です。




