第70話 美佳子の誕生日
8月29日は美佳子さんの誕生日だ。阿坂先生から貰ったアドバイスに基づき、お昼から俺なりのお祝いをする事にした。
その事は先に伝えておいたので、彼女はここ数日普通の生活リズムに戻していた。2人だけの細やかな誕生日パーティー、その始まりは先ず料理から。
そこはいつも通りではあるが、今日は普段よりも手間を掛けた。誕生日パーティーっぽくオードブルを作ってみた。
後はメインにちょっと良い肉を使ったロールキャベツも。何が違うのかは分からないけど、美佳子さんは俺が作るロールキャベツが好きらしいから。
「おぉぉぉ! 凄いね咲人! 洋食屋さんみたい!」
「それはちょっと大袈裟じゃ?」
「そんな事ないよ〜。十分通用するって」
父さんがあまりにも下手くそだったから、代わりに覚えた料理が今では恋人を喜ばせている。
料理が出来る様になっていく過程も楽しくはあったけど、今じゃそれとはまた違う楽しみが出来ている。
この人がどんな顔をするだろうとか、考えながら作るのが楽しい。美味しそうに食べてくれるのが嬉しい。
こんな時間がいつまでも続いて欲しいと思う。美佳子さんが家事の出来ない人で良かったと今では思っている。
「まだこれで終わりじゃないですからね」
「まだ何かあるの?」
「誕生日なんですから、ケーキもあります」
もちろんそれも俺が作った。売っている様な大きなホールケーキじゃなくて、1人用の小さいヤツだけど。
洋菓子も多少なら自分で作れる。市販品も嫌いではないけど、自作する方がアレンジ出来る。
そんな理由から、洋菓子にも幾つかのレパートリーがある。今回はその内からシンプルなショートケーキを採用した。あんまり重いと食後に食べられないだろうし。
「咲人って何でも作れるよね。もしかして、つまみもいけるの?」
「何でもは無理ですけど、たこわさとかイカの塩辛とかなら」
「最高! 絶対ボクと結婚しようね!」
結婚を決意させた決め手がそれで良いのだろうか。本人が喜んでいるみたいだから俺は構わないけど。
美佳子さんが求めているおつまみ系も、これまでにそこそこ作った経験がある。父さんが食べたいと言うから、何種類か覚えたのだ。
俺が続けて来たのはあくまで家事代行だし、わざわざお酒のアテまで作るものでは無いと思っていた。
美佳子さんはスルメイカやお菓子を大量に購入しているから要らないかなと。だけどそちらも望まれるならば作ろう。
「じゃあこれから、たまに作りますね」
「ありがとう! 大好き!」
「あ、ありがとうございます」
美佳子さんは好意の表現がストレートである。こうしていつもダイレクトに来るので少し恥ずかしい。
こんなに綺麗な大人の女性に、面と向かって好きだと言われるのは思春期の男子には少し刺激が強い。
そもそも異性に好意を向けられる経験があまりない。幸運にもこれまでに3人だけ経験できたけど、16年生きてそれだけだ。
まだまだ好意を向けられる事に慣れるという程、大した経験はないのだ。
「そ、それよりもプレゼントがあるんですよ」
「え? これがそうじゃないの?」
「美佳子さんに料理を作るのは、まあ趣味みたいなものです」
お祝いの意味もあるけど、俺がただそうしたかっただけでもある。それに阿坂先生に言われた指摘の影響もある。
俺が高校生の癖に無理して背伸びをしたディナーとか、そんなのは自己満足の押し付けだと。
男として格好をつけたいだけに過ぎないのだと。本当に祝いたいのなら、余計な演出はしなくて良い。
それは大人になってからやれと言われた。そして俺が出した、プレゼントの答えはこれだ。
「何これ大きいね?」
「開けてみて下さい」
「………………これは、フォトフレーム?」
「美佳子さん、こういうの持ってないから」
A3サイズの壁掛け用と卓上型のちょっと良いヤツを用意した。恋人同士が使う用途で作られた、対になっている商品だ。
彼氏用と彼女用で若干色味が違う。雑貨屋などを回って、色々と考えた結果フォトフレームにした。
まだ俺達は知り合ったばかりで、付き合い始めたばかりだ。これから同じ時間を、2人で過ごしていく。
その記録を、想い出を形として残せる様に。そう思っての選択だった。2人で歩んで行く歴史を、沢山残したいと思う。
「同じのが俺の部屋にもあります」
「あ〜そういうタイプね?」
「ほら、この間のプリクラも入れておけば良いかなって」
「確かに。それも良いねぇ」
あれは正直扱いに困った。貼ってしまうと剥がせないし、再利用するのは難しい。でもフォトフレームに入れてしまえば部屋に飾る事が出来る。
引っ越す事があっても、一緒に持っていける。何かに貼り付けるよりもこっちの方が良いと思った。
その目的もあったから、尚更都合が良いと考えた。背伸びをしたと感じさせる程に高価ではなく、使用目的がハッキリとしている品物。
初めてのプレゼントとして、そう悪くはないんじゃないだろうか。気取った感じもせず、日常にも溶け込み易い。
「このサイズを埋めるぐらい、ボクと想い出が残したいんだ?」
「……ま、まあ。そう言う事になりますね」
「ふふ、そっか! ありがとう咲人」
これから先の時間、その多くを出来るだけ2人で過ごしたい。共有する時間を、もっと一杯増やしたい。
それは俺の希望だけど、美佳子さんだってきっと同じ筈だから。A3には収まりきらないぐらいの、沢山の想い出を残していきたい。
俺達の未来が、楽しい日々に溢れている事を願って。そんな意味を込めたプレゼントを、美佳子さんは嬉しそうに眺めていた。




