第69話 頼れる大人の女性 後編
夕日が差す学校の屋上で、俺は阿坂先生と向き合っている。少し離れた位置で電子タバコを吸っている先生の姿は、物凄く絵になると思った。
美佳子さんとはまた違った方向性の綺麗さというか、恰好良さがあるなと思う。女子からも男子からも人気のある教師なだけある。
夕日を浴びたその姿を写真に収めたら一哉に売れそうだ。そんな事をするのは怖くて出来ないけど。
「それで、誕生日プレゼントだったか?」
「はい。何が良いかなと」
「聞く限りだと、相手の経済力は高いのだろう?」
「ええ、まあ。そうですね」
美佳子さんはかなり稼いでいるし、仮想通貨や株なども含めると相当な額になる。流石に全財産は把握していないけど、億単位である事は先ず間違いない。
高級マンションで2部屋も購入してなお余裕があるぐらいだ。高校生の俺には想像つかないが、配信活動でも相当稼いでいるのだろう。
投げ銭ランキングで上位に居るのは知っている。広告収入も含めれば、更に金額は上がるだろう。
だからこそ分からないのだ、何を送るべきかが。いつも飲んでいるビール、だと俺は未成年だから購入出来ない。タバコも同様に理由から購入不可能だ。
そもそもそんな誕生日プレゼントを贈るのは……ちょっとな。彼氏として贈る最初のプレゼントが酒やタバコって変だろう。
「だったら、無理に高い物を買わない事だな」
「……えっと?」
「ガキが背伸びしてるだけにしか見えんだろう」
「あ、あぁ~」
言われてみれば、それもそうか。良さげなアクセサリーとかを考えていたけど、それって同い年ぐらいか年下の彼女にやる事だよな。
大人の女性を相手に高校生がやっても、そうとしか見えないのか。流石に美佳子さんもガキとまでは思わないだろうけど、背伸びした感は与えてしまうか。
この人で良いのか不安もあったけれど、言葉を濁さずストレートな物言いをしてくれる人に聞いたのは正解だったかも知れない。
シルバージムの山崎さんだと、ここまでシビアな意見は期待出来ない。利用客相手にこんな発言をしたら人格を疑われる。
これは教師という立場だからこそだろう。まあ阿坂先生だから、という面は大いにあるが。
「年の差恋愛、特に男性が下の場合はその辺りが難しい」
「た、確かに」
「まあ背伸びしてくれているのを喜ぶ女性も居るけどな」
「えぇ……どっちなんですか」
速攻で意見を覆された。どういう事なの? 結局嬉しいのか嬉しくないのか分からないじゃないか。難しすぎるだろう女心って。
何がどうなのか、もう全然分からないんだけど。せっかくテンポ良く話が進んだと思っていたのに、また振り出しに戻ってしまった。
いきなりから難解な話から始めるのは辞めて頂きたい。もうちょっとこう、恋愛初心者に優しい方向性でお願い出来ませんかね。
いきなりからハードモードで始まっていますけれども。厳しめのジャッジを求めてはいたけど、そもそも話自体が難しいのは困りますよ。
貴女の目の前に居るのは、初めて彼女が出来た童貞だという事を考慮して頂きたい。
「馬鹿よく考えろ。お前の恋人は、年下の彼氏に背伸びさせて喜ぶタイプか?」
「……あっ、そういう」
「それぞれ人によって違うってのが大前提だ」
これは俺が答えを急ぎ過ぎたのだろう。恋人へのプレゼント、という点のみで考えていたからこその判断ミス。
それが先ほどの良い感じのアクセサリーになるわけだ。高校生と大人の女性が交際する、その時点で特殊な例であるという事を念頭におかねばならないんだ。
調べたらすぐ見つかる様な恋人との付き合い方、みたいなモノを参考にする時は気を付けないといけない。
ネットで見られる年の差恋愛のサンプルなんて、大体はちょっと年上の場合ばかりだ。俺達みたいなパターンは簡単には見つからない。
あっても大体は両方が社会人の場合ばかり。まあ俺達みたいなパターンがゴロゴロ転がっている筈もないのだけれど。
「ベタになってしまうが、一番大事なのは気持ちだな」
「えぇ~それは無難な回答過ぎるでしょう」
「なあ東……お前、私が未成年との交際に詳しい教師に見えるのか?」
「あっ……そ、そっすよね。ははは」
物凄いキラキラの笑顔で返された。なお眼だけは一切笑っていない模様。こ、こえぇ……阿坂先生から来る圧が凄すぎて嫌な汗が噴き出て来た。
俺はやっぱり、この人とはあまり相性が良くないらしい。またしても怒らせてしまったみたいだ。
でもだってさあ、気持ちが大切だなんて当たり前過ぎるだろう? 期待していただけに、それが答えじゃあ聞いた意味が無い。
一応は判断ミスについては気付けたけどさぁ。もうちょっとこう、ヒントになりそうなモノが欲しいわけだよ俺をしては。
もちろん教えを乞う側が偉そうな事を言うものじゃないのも分かってはいるけど。
「ったく、童貞はすぐにがっつくからダメなんだ」
「言い方! 先生、もうちょっと生徒に配慮して!?」
「十分な配慮をした結果なんだが?」
「あ、はい……」
やっぱり聞く相手間違えたかも知れない。今になってそんな気がして来た。確かに厳しい意見は求めたけれど、厳しさ成分が多過ぎる。
厳しさ7の優しさ3ぐらいの比率でお願いしたいのに、厳しさ9の優しさ1ぐらいの割合だ。
もう諦めようかと思っていたら、想像もしていなかった良い回答が貰えた。そのお陰で良いプレゼントが思い浮かんだ。
まあそれでも結局は、厳しさ8の優しさ2ぐらいの割合だったけどね。




