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第68話 頼れる大人の女性 前編

 夏休み期間中のある日の夕方、保健室で俺は養護教諭である阿坂燈子(あさかとうこ)先生と向き合っていた。

 どうしても大人の女性に聞きたい事があった。それも、美佳子(みかこ)さんと同じぐらいの年齢をした女性に。

 この条件に当て嵌まる一番身近な女性と言えば、この人しか思い浮かばなかったのだ。正直この人で良かったのかという不安も少しだけある。

 それは美佳子さんとはだいぶタイプが違うからだ。しっかりしている様で、わりと残念な美佳子さん。対して阿坂先生は、かなりキッチリした人である。


「何だ(あずま)、私に相談というのは」


「いやーその……阿坂先生は恋愛相談にも、親身になってくれると聞いたもので」


「はぁ……ここは恋愛相談所じゃないんだぞ?」


「それは、はい。分かっていますが」


 こればかりはそう言われても仕方がない。本当に唐突で、藁にも縋る思いで突撃して来たのだから。

 だって仕方がない、後はシルバージムの山崎(やまざき)さんぐらいしか居ない。その山崎さんも美佳子さんよりは幾つか年下である。

 他に頼れる大人の女性は居ない。どうしようかと悩んでいる時に、阿坂先生が居るのに気付いて思わず来てしまった。

 どうしても、なるべく早く答えを出さないといけない理由がある。最近知った事なのだが、8月の末に美佳子さんの誕生日が来るのだ。

 付き合って最初に迎える恋人の誕生日プレゼントに、困った事に何を用意すべきか分からないのだ。


「で、何が聞きたい?」


「例えばですけど、年齢が阿坂先生ぐらいの女性って誕生日に何が欲しいのかなって」


「……おい東、お前……ママ活やらマッチングアプリやらに手を出してないだろうな?」


「違いますよ!!」


 酷い誤解である。そんな行為には一切関わっていない。美佳子さんとは健全なお付き合いであり、邪な関係ではないのだ。

 いや邪な気持ちぐらいは、そりゃ多少はあるけれども。だけど俺達は人様に言えない様な関係ではない。

 自信を持って本気の交際だと言える。あわよくば肉体関係を結ぼうなんて、下心から来る関係じゃないんだ。

 そこに金銭のやり取りがあったりもしない。バイトとしてお金は貰っているけど、そこはちゃんと仕事として区別している。

 それら全てを含めて、俺達は真剣に交際している。ってそうか、そこをぼかして話すからダメなんだ。ちゃんとした説明をしないと。


「実はその、年上の女性と交際していまして。親の許可も得ています」


「東、お前……」


「ちゃんと本気の関係です」


「………………はぁ、ちょっと着いて来い」


 そう言うと阿坂先生は保健室を出て行く。理由が分からないけど、そう言われたからには着いて行くしかない。

 先生は保健室の鍵を閉めると歩き始める。どういう事か分からなくて、どうにも不安を覚える。

 まさか職員室とか、校長室にでも連れて行かれるのか? そこで親を呼ばれて、みたいなパターンだろうか。


 そうやって緊張していたら、阿坂先生はどんどん階段を昇って行く。職員室も校長室も上の階にはない。

 一体どこに連れていかれるのかと思えば、何と屋上であった。本来入れない筈なのに、先生は普通に鍵を所持していた。

 養護教諭が屋上の鍵を何故? とは思うがそれ以上に俺を連れて来た理由はなんだろう。


「あの、良いんですか? 屋上に入って」


「私は教師だからな……ま、悪ガキどもが入り浸っていた事もあったが」


「はぁ……って、それ電子タバコってやつじゃ」


「大人の特権ってやつさ。さて東、詳しく話して貰おうか」


 そう言うと阿坂先生は屋上のフェンスから外を見ながら、電子タバコを吸い始めた。風向きをちゃんと把握しているらしく、こちらに煙は一切流れて来なかった。

 この人喫煙者だったんだ、と驚いていると先生が早く話せと急かして来る。説明しないと話が進まないので、言われた通りに話す事にした。

 美佳子さんとの出会いから、家事代行をやっている事。そしてこれまで何があって、どうしてそんな関係になったのか。

 俺がどれぐらい本気でいるのかと、将来結婚するつもりである事も。嘘偽りなく、全部を話した。

 ハッキリとした理由はないし、よく分からないけどこの人には話しても大丈夫な気がしたから。


「という感じです」


「…………まあ、お前は下らん嘘を言うタイプではないな」


「全部本当ですよ」


「また随分と癖の強い女にコロッと行ったもんだな」


 阿坂先生は苦笑しながら電子タバコを深く吸った。それは自分でも思っている事なので、反論の余地もない。

 美佳子さんはあまりにも癖が強い女性だし、俺自身もビックリするぐらい簡単に惚れていた。

 でもそれは、まるで最初からこうなるのが決まっていたかの様な出会いだった。母さんとの最後の想い出の地、そこの関係者だった事なんか特にそうだ。

 運命なんて言うと大袈裟かも知れないけど、出会うべくして出会ったとは思う。それぐらいの表現はしても良い関係だと思っている。


「先ず、親の許可があるなら文句はない」


「俺の話を信じてくれるんですか!?」


「信じてはやるが子供を作って中退、なんて結末は許さんぞ。ちゃんと大学まで行け」


「それは……もちろん分かっていますよ」


 とりあえずは信じて貰えた様で助かった。親身になってくれるという噂は本当だったらしい。

 これで漸く本題に入る事が出来そうだ。一番肝心な話題である、美佳子さんへの誕生日プレゼントについての相談だ。

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