第67話 美佳子の両親
咲人と過ごす日々はとても楽しい。これまでにも恋愛経験はあるけれど、過去一番の満足感がある。咲人はボクの私生活を知っても離れなかった。
知った上で好意を向けてくれている。今まではずっと、ボクの私生活に文句を言われたりそれだけで別れを切り出されたりして来た。
今の時代、絶対に女性が家事をやらなければいけないなんて古い考えだ。それなのに求められるのは掃除洗濯に料理だ。
結局は見た目しか評価してくれていないんだなと、悲しい想いをした事は多々ある。それが今では、ありのままのボクを見てくれる人と一緒に居る。
『なあ美佳子、また帰って来ないつもりか?』
「10代の娘じゃないんだからさぁ~良いでしょ別に」
『だがなぁ。もう5年も帰って来てないじゃないか』
お盆休みに実家に帰らなかったから、父親から連絡が来ていた。30過ぎた娘の事など、そう気にする事でもないだろうに。
実家を出てから帰省をしない人だって、世の中には沢山いる。ボクだけが特別おかしい訳ではない。
それに実際忙しいのもあるんだ。事務所の運営に自分の配信、コラボ先とのやり取りなど。何より実家に帰ると都合が悪い事は沢山ある。
先ず防音室が無いし、機材も全く置いていない。全部を持って帰るとなると、とんでもない大荷物になってしまう。むしろ帰る方が迷惑まであるぐらいだ。
『……まだ、お母さんの事で怒っているのか?』
「それは……別に……」
『お母さんも悪気があった訳じゃないんだ。分かってあげてくれないか?』
5年前の26歳の時に、母親とまあまあ大きめの喧嘩をした。結婚に関する話題で揉めて、それからは実家に戻っていない。
その当時は既に、モデル時代の収入と投資による資金力で十分な稼ぎがあった。だからボクは稼ぐ側に回る気で居た。
女性だからって家に入る気なんて無くて、好きな様に生きたいと思っていた。だけど母親はそうでは無かった。
前時代的な思考に囚われて、家事スキルを身に着ける様にとしつこく言われた。そして結婚して専業主婦に、本気でそれが娘の幸せだと考えていた。
「でも結局意見は合わないよ? それじゃあ会うだけ無駄でしょ」
『そう言うなよ。な? 一回ぐらい帰って来ても』
「帰ってもする事がないよ。そっちじゃまともに仕事も出来ないし」
意地とかそういう私情を理由で帰っていないのではない。先ず何よりも仕事が一番の問題だ。
この時期は学生の視聴者を獲得し易く、なるべく多くの枠を取って配信をした方が良い。実家に帰ってやる事がない暇な大人もターゲットになる。
それらの事情を考えれば、実家に帰ってゆっくりしている場合ではない。配信者は人気商売であるから、登録者が多いからと胡坐をかいてはいけない。
流行に乗り遅れるのは論外だし、露出の機会は常に多く用意する方が良い。それに今は事務所の子達も居るんだ、尚更ボクが仕事をしない訳にはいかない。
『本当に大丈夫なのか? 元気にしているのか?』
「大丈夫だってば~~お父さんは心配し過ぎなんだよ」
『ずっと1人だと辛いだろう?』
それは良く分かっているし、既に知っている。幾らリスナー達が居ると強がっても、結局家では1人きり。
決して消えない孤独感と、ただ過ぎていく時間。広くて立派な家に、自分しか居ない毎日。
たまに鏡花ちゃん達が来てくれたりしていたけど、やっぱり自分が独りだという事実は消えない。
体調を崩したりすると、特に孤独を実感させられる。そんな想いを隠したまま、平気なフリをして生きて来た。
それは確かに辛かった。だけど今は、そうじゃない。真っ直ぐに好意を向けて来てくれた、1人の男の子が居るから。
「…………実はボクね、恋人が出来たんだ」
『何!? それは本当か!?』
「まだ付き合ったばかりだけど、ボクの生き方にも理解があるし」
『結婚まで、考えているのか?』
それはもちろんそうだ。咲人だってそのつもりで居てくれている。そもそもボクは、咲人を逃したらもうチャンスは無いだろうし。
次なんて考える猶予はないし、何より咲人以外と結婚する未来はもう考えられない。それぐらいにはもう、咲人しか見えていない。
頑張って大人の男性になろうとしているのは可愛くて、私生活では凄く頼りになる。陸上に一生懸命な所はカッコイイし、総じて素敵な男の子だ。
もう今となっては、若い子達に譲る気だってもうない。身を引こうなんて事も、二度とボクは考えない。
「そのつもりだよ」
『その内、紹介はしてくれるのか?』
「……今は、まだ待ってほしい。ほら、2年ぐらいは続かないとさ」
『お母さんには、黙っておいた方が良いか?』
「うん……そうして欲しい」
いつかは向き合わないといけない事。それは分かっているけど、今知られたら何を言われるか分からない。
お父さんは認めてくれるだとうけど。だけどお母さんは、いい顔をしないだろう。きっと16歳の高校生なんて、そう言って認めないのは目に見えている。
それに咲人を認めないなんて言われたら、今度こそ致命的な溝が出来てしまう。だからせめて、咲人が成人するまでは黙っていよう。
もしそれでも認めて貰えないなら、その時はもう仕方ない。残念ではあるけど、ボクの好きにさせて貰う。ボクの幸せは、ボクが決める事なのだから。




