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第66話 恋人の色んな姿

 今日は家事代行の日ではないが、美佳子(みかこ)さんから来て欲しいと連絡が来た。それならばと部活の帰りに、彼女が暮らすパデシオン高田(たかだ)に立ち寄る。

 恋人となった今では美佳子さんに合鍵を貰っているので、1階でいちいち呼び出す必要はない。

 さっさと玄関ホールを抜けて7階へと上がる。最早見慣れたドアを開けて、美佳子さんの家の中に入る。


「美佳子さーん? 来ましたよ!」


 毎回いつも玄関で声掛けだけはしている。もし着替え中だったりすれば、うっかり覗いてしまい兼ねないからだ。

 付き合っているのだから、それぐらいは良いのではとも思ったりはする。いずれはまあその、そう言った行為もする事にはなるわけで。

 それを思えば、今更その程度を気にするのも変なのだろうか。だがそこはやっぱり、ちゃんと弁えるのがマナーではとも思う。


 水着姿を既に見ているけど、あれはまた下着姿とは違うだろう。それはそれ、これはこれ。

 露骨にスケベ心を向けるのは、恋人同士であっても駄目ではないだろうか。そんな事を考えていた俺がリビングに入ると、予想外の事態に巻き込まれた。


「青い魔法が世界を包む! アークメイジ・マリアン!!」


「………………あの、何をやってるんですか?」


「えぇ〜〜〜! 好きなプリメイだって言ってたじゃん!! 喜んでよ!」


「いやそれは、そうですけど。凄い似合ってますし」


 やたらとスタイルが良くて美人なだけに、異様なまでに似合っている。コスプレで出して良いクオリティではないだろう。

 もう殆どキャラがそのまま画面から出て来たみたいだ。これをネットにアップしたら凄い伸びそうだ。絶対にやらないけど。

 これを知っているのは俺だけで良い。それにしても良く出来てる衣装だな。細部までしっかり作り込まれている。

 着ている人がほぼプロで、衣装も多分プロの手による物。雑誌で表紙を飾れるレベルではないだろうか。


「凄いですねコレ。本物みたいだ」


「でしょ! どうかな? 似合ってる?」


「それはもう。似合い過ぎて逆に冷静です」


「写真に撮っても良いよ」


 流石は元モデルだけあって、一見奇抜なアニメキャラの格好でも見栄えが良い。パーフェクト過ぎて感心の方が先に来てしまう。

 思わず言われるがままに写真を撮ってしまった。ポーズまで完璧なのはちゃんと調べたからだろうか。

 いやそれにしても凄いな。マリアンにしてはちょっと背が高いけど、それでも本物と思える程に様になっている。

 と、写真を撮り続けていて気付いた。30過ぎの彼女にコスプレをさせて撮影会。これって、まあまあマニアックな事をしてないか?


「あの、これって別に……エッチな事じゃないですよね?」


「なんで? ただのコスプレだよ?」


「そ、そうですよね。ところで何故に今コスプレ?」


「え? 咲人(さきと)って夏コミ知らないの? まあ私も詳しくはないけど」


 そう言えば何か、そんなイベントがあるらしい。俺はあんまり詳しくないけど、沢山の人が集まってコスプレしたりするらしい。

 あと何かエッチな本とかも売っているとか。偏見かも知れないけど、大人のイベントってイメージがある。

 縁が無いから分からないけど、美佳子さんがエッチじゃないと言うのだからきっと問題はない。じゃあ遠慮なく保存しておこう。

 先日の浴衣姿とはまた違った良さがあるし、色んな美佳子さんの姿が見れて素直に嬉しい。


「色んな衣装を着れるから、モデルも楽しかったんだけどね」


「そう言えば、何で辞めたんです? 今でも通用しそうなのに」


「ん〜〜〜まあ面倒になったんだ。変なファンとか出来るとウザいし」


 実にシンプルで分かり易い理由だった。これだけ綺麗な人だから、当然その分嫌な目にもあっただろう。

 一方的に好意を寄せるストーカー行為は、今でも良く問題になっている。全然無くならない社会問題であり、毎年の様に被害者が出る。

 俺には理解できないけど、何でそんな事をするのだろう。相手が嫌がっている事をして、何が嬉しいのだろうか。

 喜んでくれている姿なら見たいけど、嫌がっている所なんて俺は見たくない。


「だからVtuberなんですか?」


「ん〜〜半分ぐらいの理由ではあるかな」


「もう半分は?」


「出勤しなくても良いから!」


 そんな事を言って笑っているけど、きっと色々あったのだろう。この人は辛い事も我慢出来てしまう人だ。

 この前初めて見せてくれた、美佳子さんの弱い部分。彼女にもちゃんと人としての弱さがあるのだと、思い知らされた出来事。

 それを知っているから、面倒と言う言葉に込められた意味が何となく分かるのだ。厄介なファンからのアレコレだけではなく、色んなトラブルがあったに違いない。

 その当時ただのガキだった俺には、どうにも出来なかった事だ。過去には戻れないし、俺が過去に行く事も出来ない。だけど、これからは違う。


「これからは俺が、()()()()から美佳子さんを守りますから!」


「………………咲人」


「これでも男ですからね」


「ありがとう」


 美佳子さんの感情表現、その微妙な違いが最近分かる様になって来た。この雰囲気は、本当に心からの感謝である。

 ただの雇われ家事代行では、決して見られなかった表情だ。そう言う意味でなら、この格好自体もそうである。

 恋人になったからこそ、見せてくれたコスプレ姿だ。ところで美佳子さんは、起きてからずっとこの格好だったのだろうか。

 いや、よそう。そんな事、今は関係ない。野暮な事は考えず、この時間を楽しむとしよう。

日曜朝にこのエピソードは狙って被せていません。そんな計画性はないです。

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