第64話 たまにはこんな日があっても良いよな
夏休み期間なのを活かして、なるべく美佳子さんと過ごす様にしている。午後から部活の日は、午前だけ立ち寄る様にしていたりする。
ただ美佳子さんは配信業があるので、午前中から夕方まで丸々寝ている事も少なくはない。
朝ご飯だけ一緒に食べて、その後は美佳子さんが寝るまで側に居るだけなんて日も結構ある。
この日も美佳子さんが朝イチの配信をしている間に、俺はキッチンで朝食を用意している。
「あっ……素麺の具材、何が良いか聞いてない」
今朝は美佳子さんが仕事関係で貰った素麺を朝食にする。それは良いのだが、具材をどうしようか。
結構素麺に入れる具材って好みが分かれる。素麺だけで良いという人も居れば、錦糸卵を好む人もいる。
細く切ったキュウリもわりと定番の具材だろう。あとは同じく細く切ったハムやシイタケ辺りもポピュラーではないだろうか。
俺は入れないけど、トマトを入れる場合もある。結構バリエーションに自由が利くだけに、意外と好みに合わせるのが難しい。
「配信中だしなぁ、邪魔は出来ないよな」
こうして配信と被った時が、どう対応するか悩ましい。聞きに行っても問題は無いのだろうが、会話のテンポとかもあるだろうし。
美佳子さんは軽快に会話を繰り広げる人だから、変な間を生みたくはない。職業が配信者の人と交際するのは、そう言った所が難しいなと思う。
夫婦でやっているとか、カップル配信者とかはまた違うのだろうけど。特に後者は別れた時とか大変そうだなと思う。たまにそんな話をネットで目にする事もある。
「ま、良いか。シンプルに作りますかね」
スマートフォンでメッセージを送る事も考えたけど、そこまで重要な話でもない。ここは無難に錦糸卵とキュウリ、それからハムの定番だけにする事に決めた。
どれも美佳子さんが好まない材料ではない。特に問題はないだろう。強いて言うなら、卵は甘めの方が美佳子さんの好みに合うという事ぐらいだ。
それ以外は特に工夫する必要はない。素麺なんてそもそも大した手間が掛かる料理ではない。
何なら起きた後にも食べられる様に、多めに茹でておけば尚良しか。調理を続けていると、朝の配信を終えた美佳子さんがリビングに戻って来た。
「ごめんお待たせ〜」
「いえ、丁度良いぐらいです」
「素麺か〜夏らしくて良いねぇ」
邪魔にならない様に纏めていた髪を美佳子さんが解く。紅いメッシュの入った黒髪が、ふわりと広がる瞬間が綺麗だなと毎回思う。
そう言った動作が凄く様になっていて、何度見ても飽きが来ない。そして夏だからとタンクトップにホットパンツ姿だからつい目が行ってしまう。
大人の女性らしいセクシーさを感じさせてくれた直後には、もう缶ビールを開けておじさん化するんだけどね。
知っていたけどね別に。というか缶ビールと素麺って合うの? 俺には分からないけど。
「くぅ〜〜〜労働の後はこれだよね」
「だいぶオッサン臭いですよ」
「えぇ〜〜〜良いじゃん別に〜」
「まあ良いんですけどね、そう言う所も好きなので」
仕事から帰って来た中年男性みたいな事をしていても、これが不思議と嫌じゃないのだ。
普通なら萎えそうな事なのに、何故かそこもまた可愛く見えるんだ。惚れた者の弱みなのか、俺の価値観がおかしいのかは分からない。
でも良いんだこれで。残念な姿も含めて俺はこの人が好きなのだから。ただゲロっている姿だけは喜べないけど。
それだけはどう足掻いてもトキメキを感じられない。その方向性で進化をしたくはない流石に。
「うんうん、咲人はボクが大好きだもんね」
「そうですよ。ほら、食べて下さい」
「じゃあ咲人が食べさせてよ」
「えぇ……まあ、良いですけど」
何がじゃあなのかは分からないが、たまにこうやって美佳子さんは甘えて来る。冷静に考えれば、高校生に食べさせて貰う31歳の図だ。
どう考えてもヤバいのに、これを俺は楽しんでいる。美佳子さんの形の良い唇に、食べ物を運ぶ行為にドキドキしている俺がいる。
多分もうだいぶ壊れているのだろう。これ以外にもドライヤーをして欲しいとか、髪の毛を拭いて欲しいとかもある。
美佳子さんのこれらの行動が、俺には好ましく見えるのだ。こんなに綺麗な大人の女性が、俺だけに見せる甘え。それが可愛くて仕方がないんだ。
「はい、あ〜ん」
「あ〜」
「よっと。どうですか?」
「……うん、美味しい」
にっこりと良い笑顔を見せるこの瞬間が、最高過ぎてたまらない。最早この為に生きていると言っても過言ではない。
それぐらいには最高の時間だ。俺の作った物を食べ、喜んでくれる彼女。あまりにも満足度が高い。
こんな時間が世の中には存在するのかと、現実の方を疑いたくなる。そして同時に思い知るのだ、これでエッチな事は禁止であるという事実に。
ちくしょう、こんなに最高なのに手は出せない。分かってはいる、約束だってしたのだ。だけどやっぱり、思春期の男子高校生には厳しい制約だ。
「美佳子さん」
「うん何? ちょっ!?」
「…………たまになら、良いんでしょ?」
「……不意打ちだよ〜〜」
いつもは俺が振り回される側だ。だからこんな日がたまにはあっても良いだろう。急に俺からキスをしたからか、それともアルコールのせいか。
どちらかは分からないけど、真っ赤になっている美佳子さんが凄く可愛いかった。




