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第62話 恋人と見る花火

 お盆休みの少し前、夏休みのイベントとしては外せない特別なもの。夏の風物詩でもある花火大会がある。

 美羽(みう)市では結構な規模の花火大会が行われる。それこそ近隣の他府県からも来場者が来るぐらいだ。


 俺もこれまでに何度か見に来ている。ただそれは皆で遊ぶ名目である事が多い。花火はおまけで、夜のゲーセンに行ったりカラオケに行ったりしていた。

 まあ体よく子供が家を出る理由にしていたわけだ。それが今年はちょっと別物だ。ちゃんと花火大会を目的として来ているし、何よりも女性と2人きり。

 人生で初めて出来た恋人と、デートとして来ているのだ。これまでのそれとは何もかも違う。


「いやー凄い人だねぇ」


「毎年こうですね」


咲人(さきと)は結構来ているのかな?」


「友達と何度か。あんまり花火は見てないんですけど」


 冷静を装っているが、かなりドキドキしている。何故ならば美佳子(みかこ)さんが浴衣姿だからだ。

 濃いめの青に菊模様の大人っぽい浴衣と、それに合わせてアレンジされた髪型。後頭部で纏められた髪には、高そうな簪が差されている。

 その全てが彼女にマッチしていて、素晴らしいの一言に尽きる。女性の好きな部位という質問に、うなじと答える人が多い理由が分かった。


 確かにこれは自然と意識が行ってしまう。綺麗な横顔と合わせて、かなりの破壊力があった。

 そんな最高の彼女と手を繋ぎながら、俺達は人混みの中に混じっている。本来なら煩わしい筈のゆっくりとした歩みだが、今はその遅さが有難い。

 だってその分長い時間を、美佳子さんと2人で歩いていられるのだから。


「? どうかしたかな?」


「ああいえ、その……美佳子さんが、綺麗だなって」


「ふふ、そっか。ありがとうね」


 美佳子さんが嬉しそうに笑うと、美しいよりも可愛いが勝つ。15歳も年上の女性なのに、同級生の女子達に負けない可愛さがあるんだ。

 そのギャップがまた俺を狂わせる。この人はちゃんとしていると、本当に超の付く美女である。

 本当に俺はこんな女性と付き合えているのか、夢でも見ているのではないか。そんな事をつい考えてしまう。


 だが繋いだ手の温もりは本物で、僅かな手汗で湿り気がある。なんだかそれが凄く性的に感じられて、余計と現実味があるのだ。

 少し前から思っていたけど、ただ手を繋ぐだけの行為が相手との関係性でこんなにも変わるものなのか。

 単なる少しの触れ合いに過ぎないのに、これ程意識させられるのだから驚きだ。


「咲人もさ、ちょっと男らしい顔つきになったよね」


「え、本当ですか?」


「うん。告白してくれた時からかな、男らしさを感じる様になったよ」


 そう思って貰えているのは、素直に嬉しい。まだまだ未熟だと思っていたから、成長が見られているのは良い事だろう。

 まだ知り合って3ヶ月ほどしか経っていないけど、これまでの期間で色々とあったからかも知れない。

 内面的な変化はそれなりに自覚がったけど、外見的な変化は気付いていなかった。ほぼ毎日の様に会っている人が言うのだから、きっと間違いではないのだろう。


 今はまだ16歳で高校生の俺だけど、ちゃんと成長して美佳子さんに相応しい大人の男になりたい。

 これは美佳子さんと知り合ってから、徐々に生まれ始めた目標だった。それが今ではかなり優先順位が高くなっている。

 陸上も頑張りたいけど、この目標にもしっかり力を入れたい。美佳子さんにとって、一番の男であり続けたいんだ。


「俺、頑張って大人の男になりますから!」


「今でも十分カッコイイけどね。でも楽しみにしておくよ」


「はい!」


 こんな風に会話をしながら、2人でダラダラと歩くのも悪くはないな。そんな事を考えていたけど、いつまでも歩き続ける事が目的ではない。

 あくまでも花火大会に来ているのだから、良い場所を確保せねばならない。会場となっている河川敷に到着すると、既に大勢の来場者が来ていた。

 川には飲食をしながら鑑賞できる屋形船が浮かんでいる。事前にチケットを購入しておけば入れる、有料の席も前の方に用意されている。

 しかし今回は、どちらも利用しない。確かに美佳子さんなら平気で払える金額だけど、最初の1回目ぐらいは俺の知っている穴場に案内したい。

 河川敷に集まる人々を掻き分け、俺は美佳子さんの手を引いて進んで行く。


「ここは、お寺かい?」


「そうですよ。境内の近くに、丁度いいスペースがあるんです」


「へぇ~良く知っていたね」


「昔から友達とあちこち走り回ってましたから」


 千龍寺(せんりゅうじ)というこのお寺は、小高い山の上に建っている。木々が生い茂っている為、一見すると花火の鑑賞には向いていない様に見える。

 だが実は、丁度花火が上がる方向にやや開けた場所があるのだ。これは昔、山の中で遊んでいた時に見つけた場所だ。

 流石に俺や友人達しか知らない場所とは言わないが、知っている人はそう多くはないみたいだ。


 承認欲求を満たす事が最優先の人々に知られていないからか、人が大勢集まる事はない。というか基本的にカップル向けの穴場なのだ。

 皆邪魔をされたく無いからだろう、全く拡散されていないのだ。実際に到着してみれば、数組のカップルが居るだけだった。

 それぞれが適度に距離を取って、2人の世界を楽しんでいる。俺達も今は、あの人達と同じ立場なんだよな。


「ふぅん…………咲人は今まで、ここに何人の女子を連れて来たのかな?」


「ちょっ!? そんな事はしてませんよ!」


「本当かなぁ?」


「そりゃあ男女のグループだった時もありますけど、2人で来たのは美佳子さんが初めてです」


「そっか……ボクが初めてなんだ」


 そんなちょっとした嫉妬心を見せたり、初めてだという事に喜んだり。いちいち言動が可愛いものだから困る。

 そんな可愛くて美人だけど普段は残念な美女、美佳子さんと暫く空に打ち上がる花火を見続けた。

 花火に照れされた美佳子さんの横顔は、これまでに見て来た中でもトップクラスに美しいと思えた。

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