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第45話 美佳子の変化

 気持ちは伝えないと決めた俺は、今まで通り篠原(しのはら)さんの家で家事代行を続けている。相変わらずの散らかり具合……だけど何かが違う様な気もする。

 何と言えば良いのか、衣類だけは片付けようとした痕跡がある。下手くそ過ぎて全然畳めていないのだけど、多分篠原さん的には畳んだつもりっぽい?

 それは良いとして、結局洗濯するのだから意味は無いんだよな。何がしたかったのだろうか?


「えっと。篠原さん、これは一体?」


「いや、その……たまにはちゃんとしようかなって」


「は、はぁ」


 意味が分からない。どういう心の動きがあってこうなった? 畳んだつもりらしいの洗濯物を籠に集めつつ、洗濯機に入れていく。

 良く分からない事をちょくちょくやる人だけど、今回は特に理解が及ばなかった。まあ分からない事は良くあるから、今回も謎の奇行だったという事で良いか。

 篠原さんのやる事なす事を全て理解するのは不可能だ。凡人に過ぎない俺には分からない。


 破天荒で天才型の篠原さんは、思いもよらない事を平気でやる人だから。まあそんな人を好きになった以上は、もっと慣れていくしかない。

 これからも出来るだけ一緒にいる為には、この程度を気にしていては務まらない。サラッと流してしまえる様になって行かないとな。

 そうスマートに、クールな対応で無難にこなすのが一番だ。そんな出来る男を目指すんだ。


「あれ? 篠原さんの足下に、タオル落ちていませんか?」


「え? どこかな?」


「大丈夫です、俺が取りますよ」


 ソファに座る篠原さんには、位置的に見えなかったのだろう。ソファの下の隙間に落ちているので、角度的に上からでは視界には入りにくい。

 無理に篠原さんが拾う必要は無い。位置を把握している俺が拾いに行けば良いだけの話だ。

 そう思ってソファに座る篠原さんに近付いて、彼女の足下で屈む。同時に漸くタオルの位置に気付いた篠原さんが、俺と同じ様にタオルに向かって手を伸ばす。

 お互いに意図して取った行動では無かった。俺は俺でタオルを拾おうとしただけで、篠原さんも拾ってくれようとしただけだ。

 そのたまたま同じ行動を取ったが為に、起きた偶然だった。お互いが伸ばした手が、同時にタオルを掴もうと空中を進みタオルの真上で重なった。


「「あっ」」


 伸ばした俺の手が、篠原さんの細い手を掴んでいる。やや不格好だけど、先日のプールで手を繋いでいた時の様に重なったお互いの掌。

 ナンパ対策だと言って、繋いでいた感触が蘇る。篠原さんの恋人役として、本当の恋人同士の様にしていた時間。

 今の俺にとっては、宝物の様な大切な想い出だ。まだ高校生の俺では、決して手に入らない高嶺の花。


 そんな相手と疑似的ではあっても、恋人ごっこをして貰えた幸運。篠原さんの俺より少し低い体温が、掌を通じて伝わって来る。

 もう離さないと、それが分かっていても離す事が出来ずにいた。すると意外な事に、篠原さんは優しく握り返して来た。

 まるであの恋人ごっこの時の様に。驚いて顔を上げると、篠原さんと目が合った。屈んだ俺の顔と、拾おうとした篠原さんの顔はすぐ近くにあった。


「あの……これは……」


「あっ!? いや、その……手を繋ぐ練習の続き、みたいな?」


「……それ、今必要、でしたか?」


「あ、あはは! そうだよねごめんごめん!」


 誤魔化す様に篠原さんは笑うと、俺の手を離した。どういう事だこれ? 篠原さんは俺と手を繋ぎたかったのか?

 いやいや……まさか、そんな理由がどこにあるんだよ。これもきっと篠原さんの奇行の一つに過ぎない筈だ。

 それなのに何故か、篠原さんのリアクションが何だかいつもより可愛い気がする。まるで照れているかの様な感じで、凄くこうグッと来る。


 あれ? もしかして俺って、異性として認識して貰えているのか? だって今の反応って、そうじゃないと有り得ないのでは?

 俺の勝手な勘違いなのか? また都合よく良い様に解釈しているだけなのか? 分からん、女性の心理がどうなっているのか分からない。

 誰か答えを教えてくれ。実は行けるのか? 告白したらいけるのか? ああもう、分からないよ!


「あーっと、その。ば、晩飯何が良いですか?」


「そ、そうだねぇ。和食なら何でもいい、かな」


「じゃあ……その、適当に何種類か作りますね」


 何だこの空気? 今までにこんな空気になった事があったか? 何だかいつもと違うんだが。

 いやもちろん篠原さんは美人だし、でも子供っぽい所もあって。そんな所が可愛いとも思っている。だけど今日のこれはそういう可愛いじゃない。

 大人の女性としての可愛さがあるんだよ。また新たな一面を知ってしまったわけだが、正直これはヤバイ。

 何だよこの可愛さは。頭がどうにかなりそうだ。もう可愛い以外に言葉が出て来ない。有りかよこんなの。


 好きだと自覚したからそう見えるだけか? いや絶対にそうじゃないだろ。篠原さんがこれまで、こんなリアクションを見せた事は今までにない。

 それは間違いないんだ。俺の都合の良い解釈なんかでは無い。この関係性を壊したくはない、だけどもし先に進める未来があるとするなら。

 もしそうであるならば、願っても良いのか? 高望みをして良いのか? この人と恋人関係になりたいと、望んでも良いのだろうか。

明日からは朝7時過ぎに1話ずつ毎日更新へ切り替えます。50話ぐらいで一章終了に相当する区切りをつける予定です。

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