最終話 Family
最終話です。ここまでお付き合い頂きありがとうございました!
東咲人は30歳になって予定通りサラリーマンを辞め、以前バイトしていた洋食店で再びバイトをしながら勉強し、調理師免許を取得した。
学生時代と合わせて教わった経営に関する話を活かしつつ、東京に事務所を移す東美佳子と共に引っ越しを行った。
隣を貸していた2人の元大学生も既に住んでおらず、美佳子はパデシオン高田の2部屋を売却し東京へ。
世田谷区に自宅を、中央区のオフィスビルにVirtual Boxの事務所を移転した。そして咲人は33歳の冬に、渋谷区の一角で洋食屋を開業した。
メダリストが経営する洋食店としてそこそこ有名になり、小さいながらも順調なスタートを見せた。
元々美佳子からも経営や資産形成について学んでいた為、滑り出しでは特に問題は無かった。
34歳になった咲人は、今日も夫として父として、定休日である水曜日に家族サービスをしていた。
「ねぇお父さん! お母さんがまた吐いてる」
「あ~昨日の配信が盛り上がってたからなぁ。暫くそっとしておいてあげて」
「お酒を辞めれば良いのに」
2人の娘である東芽衣は、14歳と中々多感な時期を迎えていた。東家での恒例となっている、二日酔いの美佳子がトイレの住人となる朝。
芽衣はやや呆れ気味で、咲人は苦笑いだ。今も美佳子は園田マリアとして、現役のVtuberをやっている。
芽衣が幼い間は、彼女とて流石にタバコとお酒を控えていた。たまに咲人と少しだけ飲む事はあったものの、以前の様に大量に飲酒をする事は無かった。
しかしそれも芽衣が10歳になる頃には、もう良いだろうと元の生活に戻した。10年も飲んでいなかったので、以前ほどは飲めなくなっている。
しかし盛り上がると前の様に飲んでしまうので、こうして夜の配信があった日の翌日は二日酔いになっている事がある。
「ほら芽衣、これ今日のお弁当ね」
「ありがとう」
「今日も朝練あるんだろう? 気を付けて行くんだよ」
芽衣は父親である咲人に憧れて、小学生の頃から陸上部に所属している。相性は良かったようで、楽しく活動していた。
やはり小さい頃から父親の活躍を見ていたからか、大人になったらマラソンで金メダルを取りに行くのが現在の目標だ。
咲人に似た理由で陸上を始め、父親譲りの粘り強さで良い成績を残している。外見はより母親に似て、中学生ながら170cm近いスラリとした高身長を得ていた。
もちろん両親共に容姿が優れているので、とても美しい少女に育っている。誰もが振り返る、と言っても過言ではない。
パッチリとして大きな目は咲人と良く似ており、女性的で美しいライン描く輪郭は美佳子と同じ。
口元や鼻の高さ等も彼女に似ていた。顔の造形は殆ど美佳子に近く、親子だと一目で分かる女の子だ。
美佳子の様にモデルとして、ファッション誌で活躍する事は十分可能だろう。
「行って来まーす!」
「行ってらっしゃい!」
いつもの様に咲人のお弁当を持った芽衣が、元気よく2階建ての立派な家を出て行く。
もう十分老猫と呼べる程に歳を重ねたマサツグと、息子のシンジと娘のアイの3匹が、登校する芽衣を窓から見守っていた。
これが東家の現在であり、和やかな朝の風景である。約一名を除いては、という注釈が必要にはなるが。
そんな絶賛トイレでグロッキーな美佳子の為に、慣れた作業で咲人はシジミの味噌汁を作っている。
体は頑丈なのか、こんな生活をしていても美佳子の体は健康だった。世の中には超ヘビースモーカーでも、長生きする人はそれなり居る。
美佳子もどうやらそのタイプだったらしい。もうすぐ50歳だというのに、美佳子は元の芸風を維持したままVtuberを続けている。
「…………おはよう咲人」
「はいお水。あんまり飲み過ぎは良くないよ」
「分かってはいるんだけどね、盛り上がっちゃって」
もはや定番と化したVtuberという文化は、既に20年を超える長寿コンテンツと化している。
その関係から、10年以上活躍を続けている配信者も少なくない。美佳子もその1人であり、今も多くのファンが配信を追い続けている。
ただ年齢を重ねたからか、お母さんの様に扱うリスナー達も増えつつあった。最近の若者文化が分からない、友達のお母さんと会話をするかの様な楽しみ方だ。
色んな方向性での楽しみ方が増え、配信のやり方も多様化が進んでいる。一言にVtuberと言っても、様々な形態が生まれていた。
「また新しいイベントもやるんでしょう?」
「うんそうだよ! 楽しみなんだ~」
「あんまり頑張り過ぎて倒れないでね」
美佳子は昨年に頑張り過ぎた結果、2日ほどダウンする事になった。更に一昨年には、ポリープを切除する手術も受けていた。
どうしても話を続ける仕事である以上、そう言った喉の病気に罹る可能性は他の人達よりも高い。
咲人が31歳の時に世界陸上で銀メダルを取った翌年の事だった為、やはり良い出来事ばかりではないと示す様な事件だった。
そんなトラブルもありながら、咲人達は幸せな日々を送っている。これからも様々な困難があるだろう。
だけど彼らであれば、乗り越えて行くだけの絆がちゃんと築けている。温かで幸せな家庭がここにはあった。
「ねえ咲人、ありがとうね」
「え、何が?」
「こうしてボクと居てくれて」
美佳子が31歳の時に咲人と出会い、今年の夏には50歳を迎える。来年には交際を初めて、20年が経つ記念すべき年だ。
流石に肉体的な老いは出ているものの、今もまだ彼女は十分美しい。良い歳の取り方をした美佳子の事を、咲人はずっと愛し続けている。
ただそれは美佳子が美しいからというよりも、彼女の内面が何よりも好きだからだ。
かつてヤニカスで酒カスで汚部屋暮らしの限界配信者な31歳のお姉さんだった彼女は、これからも愛する家族と暮らしながら、楽しく配信を続けていく。
以上で本作は完結となります。
深夜の間に本作のコンセプトと、何がしたかったのかを改めて纏めた『【完結作】ヤニカスで酒カスで汚部屋暮らしな限界配信者なお姉さん(31)はすきですか?について』というタイトルで、活動報告に纏めておきます。
そちらの後半で詳しく書きますが、次回から書く新しい恋愛モノについての投稿に関する予告も書いておきます。
もし次もお付き合い頂けるようでしたら、またよろしくお願いします!
2025年10月24日追記
2025年12月1日より、カクヨムコンテスト11に合わせて新作社会人ラブコメを出します。短編版とR18版を出している作品がベースとなっています。




