第304話 陸上選手 東咲人
ボクは今、娘の芽衣を連れてアメリカに来ている。サンフランシスコで行われる事になったオリンピックのマラソンに、咲人が日本代表の選手として出場するから。
高校生の時から咲人は優秀な選手だったけど、遂に日本を代表する選手にまでなった。
今の咲人は27歳で、ボク達が知り合って10年以上経過している。まさかあの時に出会った男の子が、旦那さんになるなんて。
おまけにこうして凄い陸上選手として、活躍するなんて当時は想像もしなかった。咲人が続けて来た努力の、ある意味で集大成というか辿り着いた頂きというか。
まだ優勝したわけではないけど、登りつめたと言って良いんじゃないかな。そんな咲人の活躍を見る為に、会場の周辺にあるスポーツカフェで芽衣と2人で観戦中。
ボクは芽衣と共に会場まで行くと言ったんだけど、暑いし熱中症になったら大変だからと室内に居る様に言われたから。
「あっ! 見てパパだよ!」
「本当だねぇ」
「頑張れ~!」
7歳になった芽衣は、小学生になっている。ここまで長かった様な、短かったような。
毎日を過ごしている間に、いつか高校生になっているのだろう。知り合ったばかりの頃の咲人に、芽衣の年齢が届くまでにもう10年を切った。
どんどん1年が過ぎるまでの、体感時間が短くなっている。育児に事業に配信に、あれこれ続けていたらすぐ1年が終わる。
色々と忙しいけれど、芽衣はわりと素直な子なので教育面ではあまり苦労はしていない。
という話を実家でしたら、お母さんからきっと咲人に似たのだと言われた。ちょっと言い方に棘がないかな? そこについては一言申したい所だよ。
「スタートだ! 頑張れパパ~!」
「お、結構良い位置にいるんじゃないかな?」
「ねぇママ、パパ優勝するかな?」
現地のカフェで観ているから、テレビに映るのは全部英語だ。当然音声も英語なので、何を言っているのか正確には分からない。
店内に居るのは殆どがアメリカ人だけど、中にはボク達の様な日本人らしきお客さんもちらほら居た。
やはり日本ではないから、それなりのアウェー感があるよね。だけど咲人はそんな事で負ける人じゃない。
金メダルまでは分からないけど、きっと良い成績を残す筈だよ。世界でも通用する選手なのは、代表に選ばれている以上間違いないのだから。
ボク達が見守っている前で、カッコイイ所を見せてくれると思う。だって咲人はこれまで、ボクの前ではカッコイイ男性で居続けてくれたもの。
「パパが優勝したら嬉しいよね」
「うん!」
「あ、ほらまたパパが映ったよ」
スタートして暫く経ったけど、咲人は今も先頭集団に居た。現状では5位の位置に居て、日本人では一番良い順位だ。
その次に居る6位には、咲人と同級生だった柴田君が居る。美沙都ちゃんと結婚した時は、結婚式に呼んで貰った。
ただ残念ながら美沙都ちゃんは現在妊娠中で、こうして現地には来られていない。今頃は日本で応援しているだろうね。
咲人と柴田君が、日本人選手として最前線を走っている。2人共頑張って欲しいよね。両方メダルを取れたなら、美沙都ちゃん達とお祝い会をやらないと。
「ねぇママ、ケーキ食べて良い?」
「良いよ~じゃあ追加で何か頼もうか」
「これ何て読むの~?」
英語で書かれたメニュー表を見た芽衣が、一つ一つ聞いて来る。ボクは多少英語が分かるから、芽衣の質問に答えていく。
色々と悩んだ芽衣は、ショートケーキを選んだ。ボクも適当にアップルパイを選択し、注文して到着を待つ。
店員さんが持って来てくれた注文を受け取り、空いていたお皿を返却した。さっき芽衣とサンドイッチを食べたけど、やっぱり咲人のお手製には敵わないかな。
マズイとまでは言わないけど、ちょっと濃いというかアメリカンな感じだった。芽衣と2人でデザートを食べながら、咲人の応援を続ける。
半分以上過ぎた辺りで、咲人と柴田君が順位を上げ始めた。2位と3位に着けた2人は、そのまま1位を追いかける。
「やったー! パパが2番!」
「そうだね~、このまま行けば銀メダルだよ!」
「パパ頑張れ~!」
もう何度も見た真剣な表情で走る咲人の姿。何年も見続けているけど、全く飽きる気がしない。
何度見ても思うのは、カッコイイなという事。ボクの好きな咲人の表情の1つが、この走っている時のもの。
全力で競技に挑む姿は、男性としての魅力が溢れている。まあ代表に選ばれて以降、SNSで評判なのは少々複雑だけどね。
この人、ボクの旦那さんだから。カッコイイと思う気持ちまでは否定しないけど、絶対に誰にも譲らないからね。
今頃もきっとSNSでは、騒がれているのだろうけど。そういう意味では、美沙都ちゃんも複雑だろうなぁ。
日本代表のイケメン集みたいな動画が、この前バズってたし。勝手に人の旦那達を動画にしちゃうのはどうかと思うよ。
「いけパパー!」
「頑張って、咲人」
「見て見てママ! パパが1位だよ!」
終盤になって、咲人と柴田君が更に伸びて行く。1位と2位を日本人が独占している。
でも多分だけどさ、2人は勝負をしているんだろうね。どっちも1位を取るぞって、感じ取れる顔をしているよ。
まだ終わりじゃないって、2人の表情が物語っている。幾つになっても男の子だよねぇそういう所。
ボクは嫌いじゃないけどさ、咲人そういう一面も。結局そのまま順位は変わらず、2人が1位と2位でゴールした。
「パパすごーい!!」
1位でゴールした咲人の姿を見て、芽衣が大きな声で喜んだ。それもあってか、周囲のお客さんがボク達に注目していた。
急に話かけられて、彼は君の旦那かい? みたいな事を聞かれた。そうだと答えたら、何故だか皆が盛り上がり始めてちょっとしたパーティ状態だ。
芽衣はジュースを奢られて、ボクもビールを渡された。暫く他のお客さん達と交流して、賑やかな時間を過ごした。
少し騒がしかったけど、芽衣の良い想い出になっただろうね。こんな想い出を、沢山残してあげたいな。
次回でこの作品は終了となります。
どうしてこんな作品を書いたかの、最終的なまとめというかコンセプトの説明みたいな物を明日に活動報告に載せておきます。
それから次回にアップする作品についても、併せてそちらに記載します。




