第302話 社会人になった咲人
社会人になって2年目を迎えた俺は、大人としての生活に慣れて来た。8時前に家を出て、9時前から勤務開始。
午前中は営業職として働き、午後は実業団の練習となる。退勤は17時で、ジムに行かない日はそのまま帰宅。
その場合は大体18時半ごろには家に着く。ジムに行く日は1時間ほどトレーニングをし、帰宅すると21時前後になる事が多い。
今も利用を続けているシルバージムだけど、先日トレーナーの山崎さんが結婚し高岡さんに苗字が変わった。
招待された結婚式には、美佳子と共に芽衣を連れて参列している。子供が出来たらお休みするそうで、その間は別のトレーナーさんに変わる。
いつになるか分からないけど、その内そんな日が来るのだろう。今日はジムに行かない日だから、いつも通り18時半過ぎに帰宅した。
「ただいま」
「パパ~!」
「芽衣は今日も良い子にしてた?」
今日ジムに行かないのは、この日がとても大切な日だからだ。なんせ本日は7月2日であり、芽衣の誕生日なのだから。
昨夜の内に内緒で作っておいた誕生日ケーキは、芽衣の好きな女児向け番組のキャラを描いた特別製だ。
誕生日プレゼントの方は、美佳子が秘密裏にネット通販で購入してある。後はお誕生日会をこれから始めるだけだ。
今日が自分の誕生日だと分かっている芽衣は、朝起きた時点からとても機嫌が良いらしい。
幼稚園でもお祝いして貰っているだろうけど、やっぱり家族でのお祝いが一番嬉しいのだろう。帰宅した俺の腕を引いて、芽衣はリビングに向かう。
「お帰り咲人」
「うん、ただいま美佳子」
「ねぇパパ早く!」
芽衣が急かして来るので、ササッとシャワーを済ませてスーツから私服に着替える。
お誕生日会用に、オードブルを作って用意を進める。今週はマサツグ達が帰って来ているので、いつもの様に息子と娘を引き連れてキッチンにやって来た。
マサツグ達は実家に泊まったり、ウチに帰って来たりをローテーションしている。今はペルシャとアメショのミックスである、息子のシンジと娘のアイも一緒だ。
にゃあにゃあと3匹の猫達が、野菜を貰いに来ている。彼らを追いかけて来て芽衣が、自分でやりたそうにこちらを見ていた。
いつもの事なので、3匹分の千切ったレタスを芽衣に渡す。今は何でもやってみたいお年頃なのだ。
「ほら芽衣、マサツグ達にこれあげて」
「うん!」
「少しずつ渡すんだよ」
お姉さんぶりたいのか、マサツグ達と会話をしながら芽衣がレタスを手渡す。犬じゃないのだけど、芽衣はお手をさせたいらしい。
意外と猫であっても、お手などの芸を覚えさせる事は可能だ。果たして娘の努力が実を結ぶ日が来るのだろうか。
そんな芽衣達を横目に、オードブルの用意を進めていく。芽衣はエビフライが大好きだから、少し多めに作っておく。
ただ栄養バランスも大事だから、サラダも食べさせないといけない。最近は我儘を言う様になったから、食べさせるのに苦労している。
諸々の準備が出来たので、リビングに料理を並べていく。そして予想通りだったけど、やはり好きじゃない野菜を残そうとした。
「芽衣ちゃ~ん、パパが作ってくれたんだよ? 人参も食べないと」
「や!」
「ちゃんと食べないと、プリメイのローズ様みたいになれないぞ?」
なんと驚いた事に、未だにプリティメイジシリーズが続いていた。長寿にも程があるというか、良くもまあネタが尽きないものである。
俺が生まれる結構前に始まったシリーズなのに、今でも新作が毎年の様に次々と出ているようだ。
そしてウチの我儘なお姫様は、現在のシリーズに出ているローズ様というお嬢様系キャラがお気に入り。
誕生日ケーキにもしっかり描いたし、誕生日プレゼントはローズ様の変身用アイテムだ。
先日発売されたばかりの、スマートフォンの形をしたおもちゃだ。よくもまあ色々な方法で変身させるなぁと感心している。
どうにかこうにか芽衣に人参を食べさせて、漸く誕生日会の本番が始まる。冷蔵庫の奥に隠しておいたケーキを運ぶ。
「さあ芽衣、お誕生日ケーキだぞ」
「ローズ様だー!!」
「咲人って本当に器用だよね」
結構苦労させられたけど、それらしいキャラクターケーキが出来ていた。絵心はあまりないと思っていたけど、どうにか完成させる事に成功。
そんな苦労の賜物は、結局切って食べてしまうのだけどね。でも娘の笑顔を見られるのだから後悔はない。
芽衣は美佳子に顔立ちが似ているので、笑った表情がそっくりだ。きっとこれから芽衣は、とても美しい女性になっていくのだろう。
まだだいぶ先だけど、中学や高校に行く頃には結構な美人になっていそうだ。芽衣もまた美佳子の様に、モデルをやりたがるのだろうか?
モデル時代の美佳子を見せると、熱心に見てはいたけれども。まだ職業がどうだとか、良く分かっていないだろうし。
「4歳のお誕生日、おめでとう!」
「芽衣ちゃんおめでとう~!」
「えへへ~」
こうして3人と数匹で過ごす日々は、大変だけどとても充実している。父さんが忙しい時は、ニアと残り3匹の子供達も一緒に預かる。
そうなると結構な大所帯になるので、賑やかな1日を過ごす事に。芽衣が楽しそうに笑っているから、少々大変でも気にならない。
ただ少し難しいのが、夫婦の時間をどう作るかだ。芽衣が一緒に寝たがるので、夜も3人で過ごす事になる。
そうなると芽衣が寝るのを待って、2人で別室へという流れにしかやりようがない。
使っていないマットレスを持ち出し、空き部屋でという形で落ち着いた。芽衣が大きくなった後も考えて、2階建ての新築に移るべきかが最近の悩みだ。
そんなこんながありつつも、俺達は幸せな毎日を送れている。きっとこれからも色んな苦労があるだろうけど、出来る限りの事を続けて行こう。
前話で芽衣の年齢カウントを間違えていました。大学2年時に誕生の0歳で、大学卒業する年の誕生日で3歳でした。




