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第296話 新しい家族の誕生

 7月1日の早朝、美佳子(みかこ)が産気づいた。俺は急いでクリニックに連れて行き、そのまま美佳子と分娩室へ。

 やはり高齢出産になるからか、物々しい雰囲気で慎重に出産が始まった。俺はただ本当に声を掛け続ける事しか出来ない。

 父さんが言っていたけど、父親に出来る子事は殆どない。汗を拭いてあげるとか、その程度しか出来る事は無かった。


 来月36歳になる母親の初産という事もあって、母体へのリスクも高く本当に危ないタイミングが一度あり。

 ヒヤヒヤしながらも応援し続ける事20時間。朝5時に家を出たのに、今は深夜2時前になっている。

 ほぼ丸1日かけての出産は、母子共に問題無く無事に終わりを迎えられた。本当に何も無くて良かったよ。


「美佳子……本当に、お疲れ様」


芽衣(めい)は?」


「ほら、ここに居るよ」


 美佳子の隣に寝かせられた、俺達の娘である芽衣は小さな赤ん坊だ。2700gと平均的な体重で生まれて来た。

 出産後すぐに様々な検査を受けた芽衣は、足首に篠原芽衣と書かれたバンドを巻いている。

 取り違いを防ぐ為にこういう物をつけるらしい。目を閉じたままの芽衣の手は小さく、これが赤子の手なのだなと感慨深いものを感じた。

 美佳子が左手を伸ばすと、たまたまだろうけど人差し指が握られた。母親だと無意識に分かっているのだろうか?

 反対の手に俺が手を伸ばすと、同じ様に俺の指を芽衣の手が掴んだ。とても弱い力だけど、確かに反応を示した。


「本当に、ボクが生んだんだよね」


「そうだよ、俺達の娘だ」


「良かった……」


 精魂尽き果て、疲労困憊の美佳子はとても眠そうだ。芽衣との接触を少しだけした後、助産師さんが芽衣を連れて専用のベッドルームへと連れて行かれた。

 このクリニックは夫も一緒に泊まれるタイプで、美佳子が寝たの確認したら俺も軽くシャワーだけ済ませて眠りにつく。

 翌朝起きると芽衣の診察が始まり、俺達は生まれたばかりの子供に対するレクチャーを受ける事に。

 まだ首が座っていない赤ん坊の、沐浴(もくよく)のさせ方を教わったけど正直不安で仕方がない。

 こんな小さくて儚い存在を、俺は上手く扱えるのだろうか? そもそも首が座っていない赤子に触れた機会がない。


「慌てなくて良いですからね~お父さん落ち着いて」


「は、はい!」


「先ずはお顔を拭いてあげて下さい」


 美佳子と2人で協力しながら、芽衣の沐浴を進めていく。両親が不安そうにしていると、子供にもその不安が伝わるらしい。

 そんな事まで生まれたばかりでわかるのかと、新たな驚きもありつつどうにか無事に終了させた。

 これから毎日、こうして洗ってあげないといけない。他にも様々なレクチャーを受け、色んな注意事項を教えて貰った。

 午後は大学に行く必要があったので、心苦しいけれど美佳子と芽衣を置いて一旦は大学へ。

 スポーツ医学の授業を受けていたけど、正直半分も頭に入って来なかった。浮かれている自覚すら無かった俺は、たまたま会った夏歩(なつほ)に少し気持ち悪いと言われた。


咲人(さきと)、何ニヤニヤしてるの?」


「え、そうかな?」


 そこまで変な表情をしていたのだろうか? それはそれとして、娘が生まれた事を伝えたら祝福して貰えた。

 ある程度落ち着いたら見せて欲しいと言われたので、その約束を交わしてから次は陸上部の練習へ向かう。

 やっぱり浮かれていたのか、しゃんとしろと先輩に注意されてしまった。またクリニックに戻る前に、一度冷静になった方が良いかもしれない。

 浮ついた気分を落ち着かせる意味も含めて、家に寄ってマサツグの様子を確認する。洗濯と乾燥だけ済ませたら、再びクリニックに戻った。


「ただいま美佳子」


「おかえり~ほらパパだよ~」


「ただいま芽衣!」


 ちょうど夜の授乳が終わったタイミングらしく、芽衣は少し眠そうな表情をしている。瞼が今にも落ちそうで、ちょっと仕草が可愛らしい。

 眠ったのを確認して、ベッドルームに戻す。そんな日々数日を繰り返し、2人の退院する日がやって来た。

 これまでに様々な疾患や、先天的な異常に関する検査を行って来た。今の所は特に異常は見つかっていない。

 最終結果が出るまで時間が掛かるものだけが、後日改めて通知される予定だ。退院した美佳子と芽衣を乗せて、父さんの車で美佳子を連れて帰った。

 実家に車を戻したら、歩いて美佳子のマンションへと戻る。先に家に戻った美佳子が、寝室に置いたベビーベッドに芽衣を寝かせている。


「どう美佳子? ベビーベッドは」


「うん、良い感じだよ」


「良かった、嫌がらなくて」


 美佳子が入院している間に、組み立てておいたベビーベッドに芽衣が寝ている。嫌そうにしていたら、どうしようかと思ったよ。

 特に不満そうな様子は見られず、芽衣は大人しく寝かされていた。暫くの間はこのベッドで、生活をして貰う。

 美佳子の妊娠中から何かを感じ取っていたマサツグが、リビングから近くまでやって来てベビーベッドを見上げている。


 興味があるのかと思い、抱き上げて芽衣を見せてやった。興味深そうに芽衣を見つめており、新たな家族を凝視している。

 今はまだ安易に接触させられないので、見せるだけに留めておく。マサツグにも芽衣にも、お互い慣れさせる事が必要だ。

 ペットとの接触は生後3ヶ月以降からと聞いているので、暫くはこうした間接的な邂逅のみ。


「ねぇ咲人、芽衣にはマサツグが見えているのかなぁ?」


「どうだろう? まだちゃんと分からない筈だし」


「この子も芽衣の家族だよ~」


 こうして始まった俺達の育児生活は、温かな空気で始まった。最初は新鮮さが勝っていたけど、1週間もすれば大変さを思い知る事に。

 先ず美佳子の体調が中々戻らず、疲労感が消えない。寝て治る様な話ではなく、出産のダメージが相当あったらしい。

 そして芽衣の方だけど、何で泣いているのかが分からない。トイレだったのかお腹が空いたのか、何か別の理由なのか。

 言葉が話せない子供とのコミュニケーションは、こんなにも難しいのかと四苦八苦する事になった。

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