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第292話 2人で育んで来たもの

 大学生活を送りつつ、美佳子(みかこ)と子供を作る日々が続いていた。美佳子の年齢的に難しいのは分かっていたけれど、本当になかなか子供が出来ない。

 4月から初めて今は10月で、6ヶ月経ったが変化はなし。これだけ行為を重ねても妊娠しないのだと、妊活の現実を知る事になった。

 もしかして俺に問題があるのではないかと、精子の状態を確認するキット使ってみたけど異常はなし。


 父さんが以前に言っていた意味を、まだちゃんと理解出来ていなかったのだと思い知った。

 それについては俺が甘かったとしか言えない。出来なかったと悲しそうにしている美佳子は、正直これ以上見たくはないんだ。

 でも続けないと出来ない訳で、俺も寄り添い続けていくしかない。今夜いつも通り19時に帰宅して、玄関のドアを開けて入る。


「ただいまー!」


 今日はこの時間に配信の予定は入っていなかった筈だ。早く夕飯を作ってあげないとな。

 ササッとシャワーを済ませたら、美佳子の食べたい物を作ってあげよう。子供を作る事については、これ以上俺に出来る事はないから。

 せめて心が穏やかになれる様に、環境を整えるぐらいはやらないと。妊娠や出産には、美佳子のメンタルが大きく影響するらしいから。

 せめて笑って過ごせる様に、俺がそういう空気を作らないと。余計な負担を感じずに済む様に、婚約者としてしっかり支えないと。

 ここで俺が頑張らないで、いつ頑張るのかって話だよ。出来る事は全部やって、未来に繋げて行きたい。


「お帰り咲人(さきと)


「ただいま美佳子。すぐ夕飯の用意をするから」


「あ、シャワーをしてからで良いから、少し時間をちょうだい」


 なんだろう? また美羽(みう)ワンダーパークの新展開についての相談かな? 最近話題になるのはその件が多い。

 来場者数をもっと増やして、これからも盛り上げようと美佳子は努力を続けてくれている。

 あの日の約束を守ってくれているのだと思うと、とても嬉しい気持ちが溢れて来るんだよね。

 母さんとの想い出を、忘れないで居てくれたんだなって。もちろん忘れる様な人じゃないけど、実際に行動で示してくれた事についてはまた別の話だ。

 本当に良い人と出会たのだなって、こういう時に実感出来る。温かな気持ちでシャワーを済まし、美佳子の待つリビングへ向かう。


「ごめん美佳子、何だった?」


「……今日から咲人は、()()です」


「………………え? え!? そっち!?」


 思わぬ内容に驚く事しか出来ない。いやそうなる為に行動して来たのだから、いつかはこんな日が来るわけで。

 やっぱり6ヶ月も続けていたら、幾ら美佳子が35歳だからと言っても結果が出るんじゃないか。

 結構な回数をこなしていたのに、全然出来ないから俺も少し不安だった。遺伝子的な相性とか、どこか悪いのかなって。

 これで先程までの悩みも消し飛んだというか、俺の考え過ぎだったというか。結局は運なのだろうけど、長いと1年ぐらい掛かると聞いていたから安心した。

 もうこれで美佳子の悲しい表情を見る必要は無くなる。いやというか、俺が父親になったんだよな? 今美佳子のお腹に、俺の子供が居るんだよな?


「まだ4週間だって」


「そ、そうなんだ。男の子? 女の子?」


「4週間じゃまだ分からないよ。20週ぐらい経たないと」


 ああそうか、まだそんなに体が出来ていないのか。ええと、これからどうするんだっけ?

 つわりとか吐き気とか、症状が出て来るんだったよな? 食べ物とか、気を付けないと。生魚とか生肉辺りがダメだったよな?

 そもそも生肉は出さないけど、お刺身は買うのを止めないとか。それからえっと、美佳子のお腹を冷やさない様に注意だよな。

 ええとそれから他に気を付ける事は、美佳子が転ばない様に警戒と他はなんだったっけ?

 ああもう、ちゃんと勉強した筈なのに頭が回ってくれない。いやそもそも今はそれよりも、大切な事があるじゃないか!


「やったね美佳子! おめでとう!」


「うん、やっとここまで来れたよ。ボク達の子供だよ」


「ここに居るんだよな、子供が」


 美佳子を抱きしめながら、子供が出来た事を喜ぶ。まだ心の整理はついていないし、父親としての覚悟も足りているか不安だ。

 自分なりに覚悟したつもりだけど、果たしてこれで十分なのか俺にはまだ分からない。

 だけどこれからは俺なりに、父親として美佳子や子供と向き合っていかないといけないんだよな。


 まだ安定期入った訳じゃないから、美佳子の健康については今まで以上に気をつけないと。

 妊婦の体に良い食べ物や好みの変化に対応した食事と、NGな食材についての管理は俺の担当なのだから。

 加工食品の成分表示には一層注意が必要だし、出来る限り俺の手作りで済まさないと。楽をするのは暫く禁止にしておこう。


「ボク……妊娠……出来だ………グズッ」


「そうだよ、美佳子がお母さんだ」


「ゔん……ありがどうね咲人(ざぎど)


 かつて結婚を諦めかけていた美佳子にとって、子供が出来たというのは大きな意味がある。

 俺はそれを知っているから、彼女が涙を流す理由を聞かなくても伝わった。家事が出来ないからって、自分には女性としての価値が無いと思ってしまっていたから。

 だからこそ、こうして母親になれたことが嬉しいのだろう。付き合い始めた初期の頃から、子供についての話し合いはしていた。

 欲しいのは知っていたし、お互いの年齢に問題があるのも分かっていたよ。だからこそ、このタイミングで妊活を始めた。

 美佳子の願いを叶えるならば、大学生活を続けながら父親をやるのが一番だ。俺が社会人になってからでは、年齢的に美佳子と子供のリスクが大きい。


 命がけの賭けに出るぐらいなら、大学生で父親になるという苦労を背負う方が良いから。高齢出産は下手をすれば、母子ともに死んでしまう事がある。

 そんな事になるぐらいなら、大変だけど俺が育児も学業も頑張れば良いだけだ。今日から俺は父親として、生きて行かねばならない。

 近日中に父さんと会って、父親としての在り方を改めて学びに行こう。それに孫が出来たのだから、報告もしないと。

 それはそれとして、泣きながらお赤飯を炊こう言い出す美佳子が、あまりにも彼女らしくて笑ってしまった。

最近言い忘れていましたが、評価やブクマ等々いつもありがとうございます!

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