第290話 そんな風に言われたら、男子は頑張りますとも。
夏休み中は陸上とバイトをメインに生活しており、どうしても帰りが遅くなりがちだ。
8月に入っても、その生活リズムは変わらない。頑張る所は頑張って、休む日はしっかりと休む。
美佳子との時間も取りながら、忙しい毎日を続けている。今日も帰宅が19時過ぎになってしまい、園田マリアの配信が始まってしまっていた。
軽食を朝の内に作っておいたから、何かは食べた筈だけど大丈夫だったかな? 空腹で配信をする事になっていなければ良いのだけれど。
最悪ストックしてあるカップ麺もあるけど、美佳子はあんまり食べたがらない。出来るだけ俺が作った物が食べたいと言ってくれていた。
気持ちは嬉しいけど、それで空腹になるのは避けて欲しいと思う。食事はしっかりと摂って欲しい。
「ただいまマサツグ」
「にゃ~!」
「また野菜が欲しいのか? ちょっと待ってくれよ」
帰宅した俺は先ず風呂の用意を始めるついでに、軽くシャワーを済ませておく。やはり思い切り運動をして来た後はスッキリしたい。
それに料理をする以上は、清潔な状態でやらないと。湯船を張ったら水で冷たいシャワーを浴びる。
夏場はこれがとても気持ちいいから好きだ。外で思い切り運動をした後の、水道水の冷たさが丁度良い。
頭から足までしっかり洗ってクールダウンをし、一息いれたら軽く掃除をしておく。
それからキッチンに向かって、マサツグの相手をしつつ夕食の調理を開始。シンクに残された皿はまだ乾いておらず、作り置きをさっき食べたらしく一安心だ。
残っている食材を確認をしたらスマートフォンを置いて、園田マリアの配信を垂れ流しにしておく。
『ボク今絶対に当てたってば!』
「ああ、今夜は新作バトロワの案件って言ってたっけ」
『マリアさん! そっちに行かはりましたよ!』
美佳子やVBメンバー達が一緒になって、チーム制バトルロワイアルのゲームをプレイしている。
リスナー参加型のカスタムマッチが配信で流れていた。基本プレイ無料の新作で、まだまだこれから大きくしていく作品だそう。
最近はこのタイプが流行っているから、定期的に新作が世に出て来る。その内の1つが、美佳子達に案件として依頼された形だ。
VBは順調に成長しているみたいで、美佳子は楽しそうに仕事をしている。婚約者の事業が好調なのは良い事だし、美佳子が充実した日々を送れている事が嬉しい。
その手伝いを少しでも俺に出来ているのなら、恋人として光栄な限りだ。頑張る美佳子をこれからも支えたい。
「美佳子は今日も絶好調みたいだなぁマサツグ」
「にゃ」
夕飯の準備が完了した所で、一旦ラップをかけて置いておく。20時半ではまだ配信が終わらない。
次は洗濯をしようかな? それとも明日の朝に回すか。天気予報では明日の天気はどうなっていたっけ?
んーーちょっと微妙な天気になっているな。夜の内に洗濯機を回してしまって、乾燥機にかけておくか。
他にも細かい用事を済ませておきつつ、構って欲しがるマサツグの相手をする。気付けば21時を過ぎており、美佳子の配信もそろそろ終わりそうだ。
料理をレンジで温めながら待っていたら、配信が終了して美佳子が防音室から出て来た。
「お疲れ美佳子」
「おかえり咲人。良かった~丁度お腹が空き始めた所だよ」
「やっぱり作り置きの量を増やそうか?」
「咲人と一緒に食べたいからこれで良いよ」
本人がこれで良いなら従うだけだ。俺だってどうせなら、美佳子と一緒に食べたいしね。
どうしても配信が忙しくて、合わせられない時は仕方ないけど。リビングの机に温め直した煮物や焼き魚を並べて、ご飯と味噌汁を運んで用意は完了。
2人でいつもの様に、食卓を挟んで遅めの夕飯を摂る。途中からながら観をしていた配信の話をしたり、陸上部やバイトの話をしたり。
最初は楽しい会話が続いたけれど、途中から美佳子が何かを言いたそうにしていた。
あまり言いたくないタイプの話なのだろうか? 気になったので促すと、少し悲しそうな表情で語り始めた。
「お昼に妊娠検査薬を使ったけど、またダメだった」
「4月から始めて、まだ丸4ヶ月も経っていないんだ。それぐらいきっと普通だよ」
「うん……でも、ごめんね。頑張ってくれているのに」
俺だってそこまで無知でもバカでもないから、そう簡単に子供が出来るとは思っていない。
何もかも全てを捨て去って、毎日朝から晩まで続けていたらすぐ出来るのかも知れないよ。
だけどそんな方法を取るのはとても現実的じゃないし、美佳子にも俺にもやる事は沢山あるんだ。
無理のない範囲で、俺達に出来るペースで進めれば良い。体力だったら自信はあるから、もう少し回数を増やす事だって出来る。
だからそんな風に謝らないで欲しい。美佳子が悪いのではなく、結局は運でしかないのだから。
「美佳子のせいじゃないよ! 俺まだ余裕あるからさ、もっと頑張るよ」
「でも……男の人って、何回もするのキツイんでしょ?」
「そんな事ないよ! 正直言うと、もうちょい出来るし」
あんまり何回もするのは、ちょっと欲に塗れ過ぎかなと思っていただけだ。行為をするのが目的みたいな、誤解をされたくなかったからセーブしていた。
でもそのせいで美佳子をガッカリさせるなら、もっと頑張るのは当然の事だ。余計な事は考えずに、出来る限界まで続ける様にしよう。
結構大変かも知れないけど、俺だって真剣に向き合っているから。父親になるっていう実感は、まだあまりないけれど。
だけど美佳子と家庭を持つというビジョンは、それなりに持てている。だからこそのマサツグでもあったし、これまでの日々だったのだから。
「でもあんまり無理をさせるのは……」
「無理じゃないよ、あとで証明するから」
「え、あの、本当、なの?」
その日の夜は、いつもより長い夜になった。だって仕方ないだろう? まだ出来るのなんて驚かれたらさ、普段よりも頑張ってしまいたくなる。
ヘロヘロになった美佳子を見ていたら、余計にこう男心に来るものがあると言うか。
俺の言い分を信じて貰えたから、排卵日周辺での行為がややハードになる事が決まった。




