第289話 あの頃とは違う2人の関係
かつて美佳子と行った美羽ワンダーパークのレジャープール。その一部リニューアルと共に、ナイトプール企画がこの夏行われている。
最近では異常な暑さが続いており、例えプールであっても昼間は非常に厳しい環境であるのは間違いない。
ならば昼間だけでなく夕方から夜にかけても、遊べる様にしたらどうかという理由だったらしい。
ビアガーデンなどでも昼間の営業を取りやめているので、この判断になるのは分からなくもないな。
幾ら炎天下で走る事に慣れている俺でも、こうも暑いと昼間に行動したくなくなる。
だから良い企画だと思ったし、久しぶりに行くのも悪くないかという話になった。遅くなっても1時間ぐらいで帰れるから、ゆっくりと過ごす予定だ。
太陽が落ち始めた夕方5時過ぎのプールには、夏休みに入ったからか俺と同じ様な大学生ぐらいの客が大半を占めている。
「いや~久しぶりだねぇ。去年は咲人の受験だったし」
「最後に来たのは一昨年だったかな」
「見てよ、思ったより変わっているねぇ」
暫く来て居なかった間に、色々と施設内が変わっていた。先ず大きいのはウォータースライダーの増設だろう。
元々あったものを改良し、より長く大きくなっている。大学生になった今でも、結構楽しめそうな印象を受けた。
他にも飲食店のメニューが刷新されており、マリトッツォなど以前は無かった食べ物が多い。
ドリンクメニューも大幅に増え、ナイトプール用に夕方からはお酒の種類が追加されている。
一部では20歳ぐらいのグループが、お酒を飲みながら楽しそうに過ごしているのが見えた。
色んな人が各々好きな様に楽しんでいるみたいだ。リニューアルしたのも含めて、新鮮な景色が広がっている。
だけどここが、想い出の場所である事は変わらない。俺と美佳子にとっては、とても大切な場所なんだ。
「ここで美佳子を好きだって、自覚したんだよね」
「その話はもう止めない? 凄い恥ずかしいから!」
「でも大切な想い出でしょ?」
美佳子が俺を誘ってくれたから、この人が好きなのだと知る事が出来た。まあそれも夏歩のお陰ではあるんだけどさ。
でも明確に自分の気持ちをハッキリさせる機会にはなった。あの頃はこんな風に、恋人になれるなんて全く思っていなかったけど。
だって15歳も離れているんだ、相手にされるとは普通思わない。だから秘めた想いにする筈が、あの日美佳子の悲しそうな姿を見たら黙っていられなくて。
美佳子も俺を好きだと知った時は、本当に驚いたし嬉しかったな。だからここでのデートは、ちょっと特別な意味を持っている。
「ボクにとっては、ある意味黒歴史だから……」
「え~そうかな? 可愛いと思うけど」
「やめて~! 恥ずかしいから!」
俺が美佳子をどう思っているのか、それが気になって誘ったなんて超可愛い理由じゃないか。
美佳子にだってそういう面があるんだと後から知って、俺はとても嬉しかったけどね。
こうして美佳子は恥ずかしがるけれど、そんなに悪い事じゃないと思う。試す様な行動が良くないとしても、俺達の場合はちょっと特殊だしね。
お互いが相手にして貰えないと思い合っていて、ずっとそのまま過ごし続けていたのだから。
失敗と言える部分は色々とあるだろうし、それは俺も美佳子も変わらない。ちゃんと話し合えば良かっただけの事を、余計な遠回りをしてしまった。
でも俺はあの遠回りな時間も、あって良かったなと思う。だからこその今が、こうして存在するのだと思うから。
「ほら行こうよ美佳子、あの日みたいにウォータースライダーにさ」
「もうっ、ボクを揶揄って遊ばないの!」
「違うって、そういう美佳子も好きってだけ」
たまに見せる可愛らしい女心が、俺はとても好きなんだ。幾つになっても女の子はお姫様だって言い分も、今の俺にはとても良く分かる。
いつまでも美佳子は俺にとって、魅力的で美しいお姫様のような存在だ。俺が美佳子を可愛いと思わなくなる未来が、全く想像が出来ない。
これまでもそうだったし、この先もきっとこのままだろう。美佳子は来月で35歳になるけれど、おばさんなんて一切思わない。
今日も綺麗だし、花柄の青いビキニがとても似合っている。年々衰えるどころか、大人の女性としての魅力は増していくばかり。
こんな人が婚約者だなんて、誇らしいと思っている。来年の夏にも、きっと同じ事を言っているだろう。
「俺あの時さ、滅茶苦茶緊張してたんだよね」
「ええ? そうだったの?」
「だって美佳子、スタイル良いし綺麗だし」
今だってその感想は変わらない。こんなに綺麗なお姉さんが、水着姿で隣にいるのは刺激的だ。
あの頃と比べたら関係性が全然違うし、感じる事は微妙に違うけれども。あの時は付き合う前だったから、失礼がない様にとか変な事を考えない様に注意していた。
今はそうじゃなくて、子供を作る為に日々を過ごしている婚約者だ。一緒に暮らしているし、同じベッドで眠っている。
美佳子の肌の質感とか、色々な部分を今では知ってしまった後だ。だからこそ余計に刺激的というか、より妖艶なイメージがついて回る。
あの当時と似てはいるけれど、刺激的の意味が大きく違う。一緒に居る期間が長くなる程に、俺は美佳子に惹かれ続けている。
「美佳子を好きになって、本当に良かったよ」
「急にどうしたの?」
「いや特に意味はないんだけど、伝えたくなって」
それからウォータースライダーを滑ってみたり、流れるプールで漂ってみたりして過ごした。
ナイトプールという環境がそうするのか、想い出の場所だからか俺達の間でとても良い雰囲気が流れていく。
本当なら最終の21時までのんびりする予定だったけど、19時で切り上げて美羽ワンダーパークを出た。
そうして俺は人生で初めて、ラブホテルって施設を利用する機会を得た。明日の陸上部は昼からだし、急いで帰る理由もないしね。
ご休憩がどうとかって、こういう意味だったのかと結構どうでも良い知識も得るのだった。




