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第284話 卒業

 ジム通いと家事代行に勤しむ日々を送っていたら、あっという間に卒業式を迎えていた。

 前日に一哉(かずや)が突然髪を染めようと言い出し、悪い気はしなかったので了承した。正直言って、浮かれていたのは否めない。

 卒業式当日になって茶髪になった俺と一哉を見て、阿坂(あさか)先生がそれはもう呆れた表情をしていた。

 浮かれているのがバレバレだったのだろう。髪を染めるのは一度ぐらいやってみたかったし、ファッションとしても有りかなと。

 別に校則で禁止されていた訳ではないけれど、何故かスポーツマンは黒髪という謎の共通認識があった。


 体育会系の女子は全くそんな事はないのに、体育会系男子ではそんな決まりというか暗黙の了解が残っている。

 かつて野球部が全員坊主頭にしていたからじゃないかと、先に卒業して行った先輩達が言っていたっけ。

 卒業して大学に行くとそんなルールは無くなるのに、変な話だよなとは思っていた。

 そんなアレコレもありつつ、教室でクラスメイト達と最後の別れを済ませて校門に向かう。

 校門を出た先で何となく集まっていた、特に仲の良かった陸上部のメンバー達と別れを告げる。


「じゃあ皆、元気でね!」


咲人(さきと)も元気で」


「じゃあね、(あずま)君」


 大学も同じ一哉以外とは、これでお別れとなる。(さとる)澤井(さわい)さんとは、成人式までお別れだ。

 どうせ一哉が率先して、仲の良かったグループで同窓会を開くだろうし。少し前にそんな事を言っていたしね。

 親が迎えに来ている生徒達は、車に乗って帰っていく。俺は一哉と駅まで向かい、電車に乗って帰路に着いた。

 俺の高校生活は、こうして穏やかな終わりを迎えた。様々な想い出をくれた美羽(みう)高校は、とてもいい学校だったと思う。


 それから1ヶ月後の4月2日、朝から美羽大学の入学式が行われた。終了後には美佳子(みかこ)と2人で、入学祝いをする予定だ。

 もちろん大学生になって、成人扱いだとは言ってもアルコールはNGのまま。タバコ等の20歳からしか認められていない物に手は出さない。

 ただ今日からはそれ以外の、高校生では出来ない諸々の制限から解放される。遂にその日がやって来たというわけだ。

 もちろん分かっている、美佳子はただ入学を祝ってくれるだけ。そこに深い意味なんてないと理解している。

 だけど玄関のドアを開けるのが、どうにも緊張してしまう。今の俺はもう、そういう事が許されている訳で。


「あ、えっと、ただいま?」


「お帰り咲人~! ささ、お祝いをしようよ!」


「う、うん。そうだね」


 あくまでいつも通りに過ごす。そうは頭で思っていても、余計な雑念が混ざってしまう。

 高校生では無くなったという事実が、一つの事に収束されてしまっている。だって仕方ないじゃないか、意識するなというのは無理だ。

 目の前でお酒を飲んでいる美佳子が、いつも以上に魅力的に見えてしまっている。今は不要な欲求の筈なのに、どうしても期待してしまう。

 普段以上の展開を、心の奥で望んでしまっているんだ。これまでは抑えられていた筈なのに、今になって急に抑制する能力が著しく下がっていた。

 如何にも未熟者らしいと感じてしまって、複雑な気分になってしまう。本当は嬉しい筈なのに、真逆の感情も生まれている。


「咲人? 大丈夫?」


「あ~うん、大丈夫だから」


「……本当に?」


 両手で俺の頬を抑えた美佳子が、真剣な表情で聞いて来た。でもどうしても言えない、こんな邪な気持ちは。

 入学式が終わったからって、さあ早速Hな事をやろうなんて変じゃないか。欲求としてあるのは当然だけど、それじゃあただヤりたいだけみたいだ。

 下心ありきの性欲がメインで、相手を思いやっての考えじゃないだろう。大体実戦経験も全くない童貞に、それらしいムードまで持って行く能力なんてない。

 どういう事をするのか知っていても、作法を何も知らないのだから。それは凄く格好悪い事なんじゃないかって、どうしても思ってしまう。


「……ごめんね咲人、ボクが変なルールを作ったせいだよね」


「ち、違うよ! 当たり前の事だったし、美佳子のせいじゃない」


「今まで我慢させたのだから、ちゃんと責任を取らないとね」


 美佳子が悪かった事なんてない。俺が年上の女性を好きになって、厄介な状況を作ってしまっただけだ。

 その癖こうして上手く感情がコントロール出来なくて、ソワソワしてしまっていただけに過ぎない。

 結局こうして見透かされてしまっているし、本当に俺はこういう駆け引きが下手くそだ。

 もっと上手く行動するつもりだったのに、思っていた様には行ってくれない。どうしてこうなったんだ。


 オシャレなお店に行った帰りにとか、シミュレーションだけは無駄に脳内で重ねていたのに。

 でもそんなのは、現実の美佳子を前にしたら全部吹き飛んだ。もう高校生ではないという現状と、美佳子の魅力が合わさって理性で抑え切れない。

 そもそも限界ギリギリだったんだ、今更変に格好をつけようとしたのが間違いだった。これならまだ素直に表明した方がマシだったかも。

 ただストレートに、そういう事がしてみたいってさ。だって結局したいのは、変わらない事実なのだから。


「今更だけどさ、初めての女性が15歳も年上で後悔しない?」


「あ、当たり前だよ! 最高の相手なんだから!」


「ボクはその……こういう事をするのは凄く久しぶりだからさ。ゆっくりでお願いね?」


 そこから始まった、恋愛の到達点にあるもの。大人の恋愛と、女性との正しい接し方の実践授業。

 俺の隠し切れていない駄々洩れの下心は、やっぱりバレバレだったらしい。だけど美佳子は、その事を不愉快には思っていなかった。

 所構わずは流石に嫌だけど、こうして2人きりの時なら積極的に求められる方が好きだという。


 人によって個人差があるから、全員が同じではないそうで。また1つ知識を取り入れた所に、それ以上の凄まじい情報の濁流を叩き込まれた。

 女性の柔らかさとか、温もりだと本当に色々と。今まで見た事も無かった美佳子の表情や初めて聞く声、そして艶めかし姿が脳裏に焼き付いて消えない。

 最後の最後に美佳子から言われた一言。ゆっくりでって言ったじゃんという声音と表情が、あまりにも可愛くて最高だった。

思春期男子にとって、最初の1回目って凄く難しくて色々考えてしまうよねってお話でした。

そしてスポーツが強い学校の謎ルールはあるあるじゃないかなと。うちは体育会系の男子は短髪限定とかでしたかね。

髪を伸ばしてチャラチャラするな! みたいな理由だったと記憶しています。中学と高校のどっちか忘れましたが。

謎ルールではありませんが、腰パン禁止は野球部以外ほぼ守っていませんでしたね(笑)

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