第281話 正社員第1号が普通の人である筈も無く
11月の下旬になって遂に、Vtuber事務所VBことVirtual Boxの正社員第1号が決まった。
どうせいつか会う事になるからと、今日の家事代行のついでに顔合わせをする事になっている。
もうスポーツ推薦の受験は終わったからと、家事代行を週3回に戻そうとしたけど美佳子に断られた。
万が一落ちていた時、一般入試になるのだから勉強は続けなさいと。何も言い返せなかったので、現在もまだ金曜日のみだ。
例の社員さんは2日前から働いているみたいだけど、部屋の状態は大丈夫だろうか? そもそも女性だと聞いているけど、俺が会っても良いのかなぁ?
男性だったとしても反応に困るけど、俺はどうしたら良いんだろう? ああでも、仕事ってなったら美佳子の家でするもんね?
来年の3月に高校を卒業したら同棲を始めるから、そういう意味では会っておく方が良いのか。
まあ立場上は婚約者だし、将来的には社長の旦那になるわけか。まあ理由なんて考えていても仕方ないし、着いたから入ってしまおうか。
(いや待てよ? 知らない女性も中に居るのだから、ここは一旦インターホンか?)
もし万が一着替えたりしていた場合、最悪の結末になってしまう。元々友人だった田村さんの時とは違うのだから、ここは礼儀作法に注意すべきだよね。
玄関前に設置されているインターホンを押し、美佳子に入っても大丈夫か念の為に確認をする。
問題ないみたいなので、いつも通りに玄関のドアを開けた。当たり前だけど、見た事のない靴が1人分脱いである。
若干緊張しつつリビングに向かうと、初めて会うスーツ姿の綺麗な大人の女性が座っていた。
ショートカットが良く似合う凛々しい女性だけど、髪の色が明るい茶髪にピンクのメッシュと結構派手な感じだ。
背は高めに見えてスタイルも良さそうだし、モデルか何かやっていた人だろうか? 少なくとも普通の人には見えない。
「どうも初めまして。東咲人です」
「美玲ちゃん、この子が例の婚約者で今日は家事代行の人だよ」
「こちらこそ初めまして、荒井美鈴でーす! よろしくお願いしまーす!」
豊かな表情と話し方から、結構明るい人だと感じた。まあこの見た目で大人しいなんて、先ずないとは思っていたけどさ。
どう言えば良い? 美佳子とか竹原さんみたいな空気を感じる。どことなく芸能関係者の空気がするというか、特有のキラキラ感とでもいうのか。
何かしらそういうオーラみたいな、言葉に出来ない独特な雰囲気を感じる。目を引くと言えば良いのだろか?
美佳子はマネージャー業をやって貰いたいと言っていたので、見た感じ適任者っぽい人には見えるけど。
あくまで俺の直感で、確かな理由なんてないけどさ。ただ何となく想像していたイメージには合う。
「美玲ちゃんはさ、東京のモデル事務所でマネージャーをやっていた人だよ」
「いやぁもうあの会社超絶ブラックでねー、先月辞めて地元に帰って来たんだー」
「そ、そうなんですか」
やたらとフレンドリーな人だなぁ。でも不思議と悪い気はしない。距離感の詰め方が上手いっていうのかな?
不快感を与える接触の仕方ではない。元からこうだったのか、マネージャー業を通じてこうなったのかは分からないけど。
でもVBの皆と上手くやっていけそうな気はしている。あ……ただ浅川さんがちょっと微妙かも知れない。
美佳子に近い人種っぽいから多分大丈夫なのか? まあその辺りは大人達が何とかするだろう。
俺が気にする所ではないしね。それにしても荒井さん、妙に俺を見て来るな。何かあるのだろうか?
「ねぇ社長、どうやってこんな良い感じの年下を捕まえたんですか?」
「言い方! 美玲ちゃん、言い方ね。まあ、酔って路上で寝ていたら出会えたよ」
「えーマジですか!? 今の美羽市って、それでゲット出来るんですか!?」
えっと…………ちょっとその、少しというか……この人から若干変な空気を感じ始めた。
何て言うかこう、美佳子が雇うだけはあると言うか。強烈な個性っぽい何かを、今確実に発しているのは間違いない。
大丈夫、だよね? やっぱり普通の人……ではどうやらないらしい。俺が想像していた理由とは微妙に違うけど。
話を聞いていくと荒井さんは、元々モデル時代の美佳子に憧れていたそう。そして同時に、園田マリアのリスナーでもあると。
流石に同一人物だとは気付いていなかったらしく、面接で初めて会った時は相当驚いたいう。
そこまでは良い、まだそこまでだったら構わないさ。Vtuberのファンや前世時代のファンが、マネージャーに応募する事は良くあるらしいから。
だがどうやら彼女もまた汚部屋の住人であり、園田マリアの汚部屋企画で紹介された過去を持つ。
なんでVBに汚部屋の住人が増えているの? これで3人になったんだけど? 集まるの? 引き寄せ合っている?
そして美人なお姉さんがまたしても汚部屋の住人で、俺の価値観と常識が困惑の悲鳴を上げている。
しかもそれだけではなく、無類の年下好きらしい。キャラが濃いよ……この人、新人ライバーじゃないよね? マネージャーだよね?
「良いなぁ10代彼氏! アタシもフレッシュな男子成分を摂取したいです」
「美玲ちゃん? 犯罪はダメだからね? ボクもそこは守っているからね?」
「大丈夫です! 分かってますよ。健全な関係ならセーフです!」
ねぇこれ本当に大丈夫な人? 良い人そうだけどダメそうで、俺の脳が理解する事を放棄している。
ブラック労働でおかしくなってしまったのだろうか? 言っている事がギリギリ過ぎるというか。
でもマネージャーとしてはとても優秀らしく、有名なモデルを何人も管理していたらしい。
芸能方面は全然分からないけど、美佳子がそういうなら嘘ではないのだろう。元モデルとして最前線に居たのだから、裏側にも精通しているだろうし。
それに前の会社を自分から辞めていて、解雇ではないみたいだからね一応。些か不安を感じさせる人だけど、面接に合格しているのだから大丈夫……だと思いたい。
人柄は悪く見えないけれど、性癖の部分がちょっとね。これで美佳子の疲労が少しでも減るならそれで良い…………減るのかこれ?
流石にそこは美佳子だって、考えて採用しているよね? ちょっとだけ、いや結構個性的な正社員第1号が、こうしてVBで働き始めた。
話の流れとしてまだ出していませんが、VBの事務所は移転します。
受験に集中して欲しくて、その辺りをまだ美佳子が話していないだけです。
この時点では移行の準備が進んでいる最中というだけで、同棲開始までに完全移行を進める方向で美佳子は動いています。




