第279話 小論文と書き方について
スポーツ推薦で大学受験に挑む関係上、正直言って学力テストの重要性はそう高くない。
一応参考にされるというか、不合格ラインを割る様なボロボロの成績にさえならなければ良いだけ。
こんな風に考えるのは良くないかも知れないけど、3月に卒業した先輩達もそう言っていた。
むしろ俺の様な立場の受験生は、面接と小論文の方が比重は重い。先生達と面接の練習とか、小論文の提出と添削を続けて来た。
面接の方はまだ何とかなっているけど、小論文の方があまりよろしくは無い。というのも、時事ネタについてが結構苦手だ。
ウチは新聞を取っていないし、テレビも特に観てはいない。だから世界情勢がどうだとか、環境問題だとかピンと来ないものが多い。
社会に目を向けなさいと学校では言われて来たけど、テレビをちょっと見たぐらいでは良く分からなかった。正直あんまり興味が無かったのもある。
「どうしたの咲人?」
「え? あ、いやその……小論文に苦戦しててさ」
「あぁ~~あったねぇそんなの」
今日は週に1回だけの家事代行の日。美佳子の家でいつもの様に掃除をしていたら、手が止まってしまっていた。
慌てて床を雑巾で拭きながら、悩んでいた事を美佳子に話す。国語だとか数学だとか、そういうのは参考書や教科書を見れば良い。
だけど世界の状況だとか経済の話なんて、何を参考にしたら良いのやら。新聞なんてまともに読んだ経験がない。
幾つか公民の先生からオススメの本を教えて貰ったけど、本屋で冒頭の数ページを読んだだけでリタイアした。
元々活字の本を読むのはあまり得意ではないし、昔から夏休みの読書感想文も結構苦手だ。
漫画なら全然読めるけれど、そうでない物は殆ど駄目だ。陸上やスポーツに関係してくれていたら、まだギリギリ何とかなるんだけどね。
「ふ~ん、社会に関する事ねぇ」
「小論文だとそういう知識が必要なんだ」
「ボクもそんな事を昔やったっけ~? もう全然覚えてないよ」
スポーツ推薦枠なのだから、スポーツに関する事を書かされるのかと思えばそうではない。
過去の問題を遡ってみれば、スポーツとは全然関係ない事を書かされていた。高校の受験はもっと楽だったのに、大学となると結構ハードルが高い。
昨年の美羽大学では、フードロスについての問題が出されていたらしい。そんなテーマで、600字以上800字以内の文章を書かないといけないのか。
まだ料理に関するお題だから、それなら書けなくもない。でも経済の話とかだったら、全然書ける気がしない。
ただそれっぽい文字の羅列を書き連ねるだけなら出来るけど、あまりにも小論文として中身が無さ過ぎる。
「あ、じゃあ良いコンテンツを紹介してあげるよ」
「えっ? 何かあるの?」
「ボクの知り合いにね、色んな個人勢が居るんだよ」
そういうと美佳子は、仕事に使っていたノートパソコンを操作する。美佳子が立ち上げたブラウザには、様々な個人勢Vtuberのチャンネルが表示されていた。
観た事がない配信者ばかりだけど、どれもやっている事が独特過ぎる。紛争地域に行ってみたとか、違法薬物の解説だとか。
世界経済についての解説や、最近のニュースについて語る人まで居るらしい。知らなかったけど、色んなVtuberが世間には居るみたいだ。
美佳子だけでも結構個性的だとは思っていたけど、他にもクセの強い人達が活動していた。
「学生でも理解出来る様に、噛み砕いて説明してくれるよ」
「こんな事をしている人達が居たんだ……」
「まあ個人勢はね、個性がないと伸び難いんだよね」
VB所属のメンバー達も大概キャラが濃いけれど、この人達は別方向で攻めた配信をしているみたいだ。
治安的な意味で危険な国にも行っているみたいだけど、この人は大丈夫なの? 良くそんな事を考えるなぁ。
しかもこれ、内容はちゃんと解説なんでしょ? どういう人達なんだろう? 美佳子みたいに配信を仕事にしている人達なのかな?
試しに幾つかの切り抜きを観せて貰ったけど、確かに俺でも意味が分かる様に解説が語られている。
積立NISAって言葉だけは知っていたけど、これってそういう仕組みだったのか。経済って、上手い事出来ているんだなぁ。
「どう? 結構参考になるんじゃない?」
「ありがとう美佳子! 何とかなるかも!」
「どれも為になる配信だからさ、受験が終わっても観ておくと良いよ」
思わぬ所で助け舟というか、とても参考になる先生達が一気に増えた。環境問題に関する解説をしているVtuberさんの、脱炭素に関する解説はとても面白い。
言葉だけ知っていた意味の良く分からない事の数々について、色んな角度から説明をしてくれる人達がこんなにも居たのか。
Vtuberって、お笑い芸人とかアイドルみたいな存在ばかりじゃ無いんだな。勝手なイメージだけが先行していた。
学問に特化した人や、社会生活について特化した人、法律について語る人など本当に様々だ。
多種多様で話も分かり易くて、本当に俺みたいなタイプでも理解出来た。これが無料で観られるなんて、凄い世界が広がっているなぁ。
これこそがVtuberという存在の可能性なのかな? 色んな形で進化していて、これからどうなって行くのだろう?
「凄いねこの人達」
「でしょ~~皆面白いし、良い人達だよ」
「時間を作って色々観てみるよ」
解説系Vtuberの人達を、片っ端からチャンネルの登録をしていく。どのチャンネルも登録者が数万から10万以上と、かなりの人気を誇っていた。
ニッチな内容ではあるけれど、観ている人達は結構居るみたいだ。案外こういう方向性でも、こうして配信者として成り立つんだなぁ。
そういう意味でも勉強になったというか、世の中って不思議だなぁと思った。俺の知らない事も、知らない人達の生活も沢山ある。
薄々とは分かっていたけれど、まだまだ俺は世間を知らなかったらしい。こんなにも色々な形で、人々は生活している。
ともかくこれで勉強をすれば、小論文も何とか今よりマシなものが書ける様になるかも。この日から俺は、社会について色々な事を知る事が出来た。
小論文も読書感想文も超絶嫌いだった人が、こうしてWEB小説を書いているので人生って分からないものですね。
400字詰めの原稿用紙1枚を埋めるのも嫌いだった私が、200万文字近くも1年半ぐらいで書いている不思議。




