第276話 週1だけの家事代行
今日は週に金曜日の1回だけ続けている家事代行の日だ。まだ夏休みだし、午前中から美佳子の家に向かう。
玄関に入ってみれば大体はいつも通りで、洗濯と掃除を行った後に風呂掃除を行う。
やっぱり知らない業者の人が入った後は、どうにも細かい部分がやり辛い。洗剤や掃除用具の位置が、俺の配置と微妙に変わってしまっている。
概ね合ってはいるから良いんだけど、ふとした瞬間に少し手間取ってしまう。人によって置き易い位置や、取り易い位置が違うからなぁ。
恐らく業者として来ているのは女性だろうから、男性の俺とは使い易い高さが違う。ある程度は仕方がないけれど、若干気にはなってしまう。
美佳子の身の回りは俺が整えるという拘りもあるけど、でも業者の方が居ないと週1では凄く散らかってしまう。
かと言って受験を軽視するわけにも行かず、非常に複雑な気分だ。何事も思い通りには行かないものだと言えば、それはそうなんだけど。
「ふぅ……あとは料理って、昼はともかく夜はウチに来るから要らないのかな?」
今日から美佳子がウチに食事を取りに来る様になるから、もう作り置きをする必要はないのかな?
でも普段は夜の配信が終わった後に、軽く食べているから夜食は必要? 美佳子の生活は結構不規則だから、多少は作り置きがあった方が良いのかも。
どうしても配信や社長としての仕事をしていたら、小腹がすく事だってそれなりにあるだろうし。
ウチで作って渡しても良いけど、今ここで作っても良い。どっちが良いか分からないから、美佳子に確認しておこう。
食費の問題もあるから、ここは適当にせずハッキリしておいた方が良い。家事代行で使う食費は、美佳子のお金だから正確に管理しておかないと。
「夜に食べる軽食を作っておいた方が良いかな?」
「……う~ん、そうだねぇ。あると助かるかも」
「じゃあ軽めに用意しておくよ」
この後で食べる昼食の分も含めて、冷蔵庫の残りと賞味期限を確認する。軽食に使う材料が少し足りないので買い出しに向かう。
軽食でそれなりに日持ちをする物として、サンドイッチとフレンチトーストでも作っておこう。
冷蔵庫に入れておけば2日ぐらいは問題ない。カレーでも良いんだけど、軽食というにはちょっと重いだろうしね。
マンションを出て近所のスーパーに行き、食パンと若干の野菜を買って美佳子の家へ戻る。
「よし、やるか」
キッチンに行ってサンドイッチ用の茹で卵を作りつつ、フレンチトースト用の溶き卵と牛乳を混ぜた卵液を作っておく。
野菜を切っていたら、いつもの様にマサツグが催促に来る。適当に千切ったレタスを渡しつつ、卵液に食パンを浸して暫し放置。
続いてサンドイッチ用に、食パンの耳を落としておく。両面に浸した卵液が染み込んだ食パンを、軽くレンジで温めてからフライパンに入れて焼き上げる。
フレンチトーストには砂糖を塗して、自然に冷めるのを待つ。後はハムと野菜に卵を挟んだミックスサンドえお作って終了した。
それぞれラップを掛けて冷蔵庫に入れておく。これで軽食は十分かな。後は俺達の昼食だけど、その前に作った軽食について一声かけておこう。
「美佳子、作った軽食は冷蔵庫に……ねぇ大丈夫?」
「ちょっと疲れたかなぁ~昨日から事務仕事が多くてさ」
「一旦休憩したらどう?」
まだお昼前だというのに、美佳子から感じる疲労感は大きい。まだ新しい社員は雇えておらず、暫く辛い期間が続きそう。
どうにかしてあげたいけど、俺と事務仕事は程遠い領域にある作業だ。経理とか全く分からないし、報告書だとか企画書も書き方が分からない。
少しだけ調べた事もあるけど、圧倒的に社会経験が足りていないと分かった。ビジネスマナーだとかビジネス用語だとか、基本的な知識がそもそも無い。
現状俺に出来る事と言えば、こうして陰ながらサポートするだけ。そして何より、ちゃんと大学に受かる事だ。
今さえ良ければそれで良い、なんて考え方ではダメだろう。目先の事に囚われて、将来を棒に振る方が俺達の為にならない。
だけどせめて、少しぐらいは力になりたいと思うから。美佳子の隣に座って、自分の膝を指差す。
「少し横になったら?」
「うん~そうする~~」
「はい、どうぞ」
仕事が忙しくて疲れている美佳子に、少しの間だけ膝枕をしてあげるぐらいなら良いだろう。
最悪スタディアプリを使って、英単語の勉強をしながらでも出来る。同棲を始めればもっと色々な手伝いが出来るだろうけど、今はこれぐらいが限界だ。
年齢差があるからこそ、こういう時は本当にもどかしい。俺が社会に出ていないから、出来ない事は沢山ある。
何となくの知識だけならインターネットで得られるけど、情報の全てが正しい知識なのかは分からない。
結局自分で体験してみないと、ハッキリとした事は言えないのだなと。美佳子との日々で、そういう事は理解出来た。
社会に出た時の注意点とか、父さんや先生達とはまた違った視点で教えてくれる。普通の大人とはちょっと違う、美佳子らしい意見は良い勉強になった。
「ねぇ美佳子、ちゃんと寝てる?」
「うん~~」
「美佳子?」
どうやら寝てしまったらしい。5分も経たずに寝てしまうとは。相当疲れていたのだろう。
ずっと寝かせてあげたいけど、何時間も寝てしまったらきっと仕事が溜まるよなぁ。30分ぐらいなら、まだ大丈夫か?
それぐらい経ったら、起こしてあげよう。確か30分の昼寝をしたら、業務効率が上がるって記事を見た事がある。
ちゃんと研究した結果だった筈だから、ここは一旦信じてみよう。静かに眠る美佳子の頭を優しく撫で続けながら、スタディアプリを起動する。
タイマー機能を30分に設定して、ひたすら英単語を頭に入れ続ける。30分後にタイマーが起動し、美佳子を起こす時間が来た。
「美佳子、起きて」
「……うぁ? あっ! ごめん、ボク寝ちゃったんだね」
「良いよこれぐらい」
年齢だけなら成人扱いだけど、俺はまだまだ未熟者。こうして疲れている恋人に対して、出来る事はそう多くない。
俺が社会人になるまで、もう何年か必要なのは分かっている。だけど早く大人になりたいと願ってしまう。
こうして仕事に邁進している美佳子を、立派なパートナーとして支えたいから。だからこそ未来の為に、これからの日々を頑張ろうと思う。
改めて受験へのモチベーションを上げつつ、13時を過ぎたので俺達のお昼ご飯を作る事にした。




