第274話 咲人の受験勉強 夏休み編
この夏休み期間中、結構ガッツリと勉強に時間を割り振って来た。夏期講習等にも積極的に参加して、受験に向けての準備を続けている。
美佳子の隣に住んでいる宮沢さんと稲森さんは頭が良いので、どちらかの時間が空いている時にはたまに見て貰えたり。
そんな日もあるけれど、基本的には自宅で参考書と格闘するのがメインだ。今も数学の参考書を見ながら自習をしている。
こんな事を考えてはいないのだろうけど、数学を将来どこかで使う機会は無いだろう。国語と英語は何かしら役に立つ気はするけれど。
特に英語の方は、それなりにモチベーションがある。だって英語が話せたら、海外の駅伝大会にも参加し易くなるだろうから。
「ふぅ、ちょっと休憩しよう」
俺は2階にある自室から出て、1階のリビングへと向かう。エアコンをつけっぱなしのリビングに入れば、猫達がお昼寝をしていた。
正確に言えば、ニアとマサツグそして美佳子である。今日は美佳子がマサツグを連れて遊びに来ており、ここでニアと一緒に遊ばせていた。
しかし美佳子も疲労が溜まっていたのか、2匹と一緒に寝てしまっている。大きな猫と小さな2匹が、綺麗に並んで寝ている姿はとても微笑ましい。
ただ風邪を引くといけないから、タオルケットでも持って来よう。ここから一番近いのは、母さんの部屋か。
今は誰も使っていない母さんの部屋から、薄手のタオルケットを持ってリビングに戻る。美佳子達にそっと被せて、俺はお湯を沸かして紅茶を入れた。
「……ん? 良い匂い」
「あ、ごめん美佳子。起こしちゃったね」
「ううん、いいの。それよりボクも貰って良い?」
うちには父さんの拘りで、コーヒーと紅茶は本格的な道具が揃っている。コーヒーの場合は豆から挽くし、紅茶の場合だとティーパックではなく茶葉だ。
ティーポットに残っていたセイロンティーをカップに入れて、起きて来た美佳子に手渡した。
一般的にセイロンティーはリラックス効果があるいと言われており、こうして慣れない勉強なんかをやる時に良く飲んでいる。
本当に効果が出ているのかは分からないけど、気分的に落ち着く様な感覚はしていると思う。
そこまで得意じゃない頭脳労働を行い、疲れた頭を休ませる。ついでに糖分も摂っておきたいので、冷蔵庫で冷やしてある個装されたチョコレートを取りに行く。
「美佳子もチョコ食べる? 安いのだけど」
「うん、せっかくだし少し貰うね」
「疲れているみたいだけど、大丈夫?」
最近も新しい案件の話が来たらしく、打ち合わせや手続きで忙しいみたいだ。しかも今は勉強に専念しなさいと、田村さんのバイトを休止している。
俺も同じ事を言われたけど、流石にそれは受け入れられない。俺が掃除をしなくなったら、美佳子の家が大変な事になってしまう。
散々話し合った結果、週に1回金曜日だけは必ず俺が行っている。月曜と水曜は以前使っていた業者だけど、やっぱり作業内容が美佳子に合っていない。
家事代行としては文句ない仕上がりだけど、美佳子の使い易い配置が崩れてしまっている。
小姑みたいで申し訳ないけど、80点と言わざるを得ないかな。例えばヘアアイロンやドライヤー等は、コンセントを差しっぱなしにしておく必要がある。
綺麗に片付けてしまうと、面倒を嫌う美佳子の生活に適さない。そう言った様々な要素が色々とあるんだよ。
「うん、まだ大丈夫だよ。もうちょっとで片が付くから」
「あんまり無茶はしないでよ? また風邪でダウンしたりとかさ」
「それは嫌かな~美沙都ちゃんも居ないしね」
今思えばあれも随分昔に感じてしまう。あれはまだ1年生の時で、付き合ってもいなかった頃だ。
美佳子が風邪でダウンしていて、色々と大変だった。あれ以降は俺が体調を気遣う様にしていたから、致命的な体調不良は起きていない。
食事のバランスが整ったのもあるのだろうけど。俺が家事代行を始めてから、美佳子の食事は殆ど俺が作った料理だ。
ちゃんと栄養バランスを考えているから、免疫力が大きく低下する事はない筈だ。健康的な食事を続けて免疫力を維持していれば、そうそう風邪を引く事はない。
実際に俺は殆ど風邪を引く事がないからね。でも最近はファストフードも増えているだろうし、あまり無茶はしないで欲しい。
「やっぱりご飯だけでも、作りに行こうか?」
「う……それは魅力的だけど、やっぱり悪いし……」
「じゃあさ、ウチに食べに来なよ! それなら勉強の邪魔にはならないし」
マサツグとニアもかなり仲良くなったから、こんな風に連れて来て一緒に遊ばせておけば良い。
距離的には徒歩10分も掛からないし、配信のタイミングを少し変えてくれれば3食全て合わせられる。
父さんも気にしないだろうし、何なら美佳子と会話をしたがっているぐらいだ。この夏休み期間中は、そのスタイルが丁度良いかも。
夏休みが明けても使えるやり方だから、俺の受験が終わるまでそうしておけば良いのでは?
陸上部の朝練も無くなるから、毎朝美佳子のお弁当を作って渡しておけば良いしね。美佳子の栄養バランスも保たれるし、俺も常に心配する必要が無くなる。
「い、良いの? 本当に?」
「うん。父さんも美佳子と、もっと交流したいみたいだから」
「じゃ、じゃあ……お世話になります!」
父さんは娘も欲しかったみたいで、美佳子の存在をとても歓迎している。しつこいぐらいウチに呼ばないのかと、普段から言われていた。
そういう意味でも良い機会かなと思う。将来身内になる人だし、東家にも慣れて貰った方が良いよね。
今はもう居ないけど、きっと母さんも受け入れてくれるんじゃないかな。この空の上で、見守ってくれていると思うから。
恋人の胃袋をガッチリ掴む男




