第272話 抗えない男の本能
ちょっとだけ叡智なお話です。
この夏は受験に向けて、しっかりと勉強をやらないといけない。それは分かっているけれど、全く出掛けないというのも味気がないし。
適度な息抜きも必要だと思うし、デートぐらいはしておきたい。高校最後の夏だから、海かプールぐらいは行っておきたいと思った。
美佳子と色々検討した結果、少し遠出して和歌山県の白浜に1泊2日の旅行に来ている。
午前中にチェックインした俺達は、真昼の太陽のが輝く中で浜辺に出ていた。その名の通り真っ白な砂浜で、ジリジリと真夏の暑さを感じている。
しかし今は暑さなんて問題にならない事態に見舞われていた。毎年慣れないこの行事、ビーチやプールでのサンオイル塗りだ。
ビーチパラソルの下で、レジャーシートに寝転んだ美佳子の綺麗な背中が目の前にある。
スキンケアにとても気を遣っている真っ白い肌と、美しい女性的な曲線がそこにはあって。緊張しない方が無理な環境に置かれている。
「じゃ、じゃあ塗るよ」
「うん宜しく~」
「行きます」
このイベントは未だに慣れる事が出来ない。ビキニの紐すら外された状態の、何も隠していない美佳子の肌にオイルを塗る作業。
ハッキリ言ってこんなの、男子高校生には刺激的過ぎる。少し柔らかくてすべすべした肌に、直接触れていると鼓動が高まってしまう。
これは決してエッチな行為ではないのだけれど、うつ伏せで寝転んだ美佳子の胸部があまりにも危険過ぎるんだ。
自重で潰れた胸の一部が少しはみ出していて、とても柔らかそうに見えてしまう。実際かなり柔らかいのは、肘や腕から間接的に知っている。
過剰に意識をしない様に心掛けているけど、全く意識しないのは無理だ。どう足掻いても視線が吸い寄せられてしまう。
心の奥底にある欲望と戦いながら、ただ手を動かし続けるしかない。あくまで無心で、人前である事を忘れずに。
「あっ! ちょっとくすぐったいかも」
「ご、ごめん! 気をつけるよ」
「ゆっくりで良いからね」
これはあくまで恋人の背中に、サンオイルを塗るだけの作業に過ぎないんだ。医療行為というか、多分そういう何かだ。
サンオイルという肌の炎症を起こさせずに、綺麗な日焼けをする為の薬品をただ塗っているだけ。
特定の紫外線をカットする事で、肌に火傷を負わす事無く日焼けをする為の日焼け止めの一種。
少しややこしい表現だけど、肌へのダメージをカットしているという意味で日焼けを止めている。
もっと正確に表現するなら、火傷止めだろうか? 肌の負担を出来るだけ防ぎつつ、綺麗な小麦肌を作りたい人にとっての必須アイテム。
しかし塗り方を間違ったり、塗り直しを怠ったりするとサンオイルの効果が落ちてしまう。
つまり今日は何度かこうして、俺が塗り直さないといけない。ふぅ……良し、何とか耐え切った。
「終わったよ」
「ありがとう! 咲人も塗る?」
「俺は日焼け止めにしとくよ、もう部活で日焼けしてるし」
スキンケアに気をつける様になってから、日焼け止めを日常的に使っているけど多少日焼けはしてしまう。
運動部で完璧に出来る人は多くないと思う。どうしても頻繫に塗り直す事は出来ないし、ウォータープルーフでも激しい運動を続けていれば効果は落ちてしまう。
こればかりは仕方がないし、諦めている部分もある。かなり高価な商品を買えば違うのかも知れないけど、流石に日焼け止めにそこまでは割けない。
男性は女性ほど肌の白さを求められていないからね。大体駅伝の選手が完全に日焼けを防ぐのは、そもそも難しい話だ。
俺が将来老いた時に、肌がボロボロにならない程度に防げたら良いかなって。その程度の気持ちで続けているだけだ。
「じゃあ背中はボクが塗ってあげるよ」
「ありがとう」
「よいしょ。……咲人の背中ってさ、ガッシリしてるよね」
「本当?」
あんまり自分で意識はした事が無かった。背中は自分から見えないしね。一応これでも18歳だし、肉体的には大人に近い筈。
立派な男性として見えているのなら、俺としては嬉しい限りだ。なるべく早くそう見える様に、自分なりに努力を続けて来たつもり。
もちろん駅伝の為でもあるけど、美佳子により好かれる為でもあった。美佳子は体格の良い男性を好むから、理想に沿って成長が出来ていると思って良いのかな。
これで喜んで貰えるなら本望だよ。こういう場でないと、背中を直接見せる機会なんてないし。
いやまあそれも高校を卒業してしまえば、見せる機会が増えて行く事になるんだけどさ。同棲も始めるし、色々な意味でね。
「えいっ!」
「うおっ!?」
「いや~~これは抱き着き甲斐がある背中だよ」
いきなり抱き着いて来られたから、結構ビックリしたというか。嬉しいけれど現在進行形であまり宜しくない。
さっき頑張って意識しない様にしていた柔らかな存在が、ダイレクトに背中からその感触を感じている。
スタイルが良いのは重々承知していたけどさ、やっぱり美佳子ってだいぶ大きい方だよな?
学校で大きいと言われている澤井さんより、美佳子の方が更に大きいし。でもサイズを聞くのはキモイよなと思って、未だに正確な情報は知らないままだ。
ブラジャーにサイズが記載されているのは知っているけど、盗み見するのは最低過ぎるからやっていない。
多分聞いたら普通に答えてくれるとは思うけど、未だにその勇気は湧かないままだ。
「いや~ごめんね堪能させて貰って。良い筋肉でし……あっ」
「え?」
「そ、そうだよねゴメンね! ボクの配慮が足りていなかったよね!」
美佳子の視線の先にあったのは、俺のアレがアレな感じになった状態のアレ。だって仕方ないじゃないかこんなの。
恋人と海に来ていてこの状況で、反応しない男子高校生なんて居ないだろう。美佳子に悪気は無かったし、こればかりは仕方がない事故だ。
そういう事にしていてくれないでしょうか? いやもうね、男性の水着姿なんて実質パンイチみたいなものだしさ。
普段着の状態とは違って、隠す事なんて殆ど不可能に近い。救いだったのは、美佳子にしか見られていなかった事か。
旅の恥は搔き捨てとも言うしね、あはははははは。いやもう何と言いますか、この恥をどこに捨てろと?
一瞬辛い思いもしたけれど、この旅行自体は凄く楽しかった。それに小麦肌の美佳子は、何回見ても飽きないなって。




