第271話 嬉しいけど悩ましい問題
7月27日の夕方、ボクは京都の喫茶店で寛いでいた。全国高校駅伝に出場する咲人を応援する為に、夏歩ちゃんと和彦君を一緒に連れて来ている。
そろそろ男子の部がスタートする時間で、ボク達は3人で2区のスタート地点周辺で待機中。
今年から午前中に女子の部を行い、男子の部はこうして陽が傾き始めた夕方から開始に変更された。
ずっと続く異常気象を理由に、最近では屋外のスポーツで同様の措置が取られ始めている。
当たり前というか、もうちょっと早くこの対応が出来なかったのかなと正直思う。一度咲人が倒れている所を見ただけに、熱中症が結構心配だったんだよ。
たまに高校生が集団で、熱中症になる事だってあるからね。大体は学校側の運用に問題があるパターンだし。
大会運営がこの方針を取ってくれて良かったよ。根本的な話で言えば、夏は運動を避ける方が良いんだろうね。
だけどそれじゃあ選手達が可哀そうだし、何でも問題が解決すれば良いとは限らない。結果的に新たな問題が生まれる事だってあるから。
そんな事を考えながら駅伝大会の配信をスマートフォンで流していたら、ついにスタートの時がやって来た。
競技場の400mトラックに、咲人の姿が映っている。今回は1区を担当するので、かつて担当していた2区が咲人のゴールだ。
「うっしゃ! 頑張れよ咲人!」
「今年も優勝だと良いね」
「咲人は2連覇を狙うって言っていたからねぇ。凄く良い笑顔で」
陸上の事で本気になっている時の咲人は、とても良い表情をいつもしている。自信に満ち溢れた男性らしいその姿が、ボクはとても気に入っているんだ。
咲人は15歳も年下だけど、それでもやっぱり男性なんだって思い知らされる。去年よりも更に逞しくなった咲人は、より一層頼れる存在になったと思う。
顔つきなんてもう殆ど大人と変わらないし、不意にドキドキさせられる時もあって。だからこそ咲人が、告白を受けるのも納得している。
いつかは来ると分かっていたけど、遂にその時が来てしまったんだね。全国優勝に導いた1人として、咲人の認知度はかなり高い。
全国のニュースでだって、紹介された事があるぐらいだ。だと言うのに本人はその自覚が薄いから困るんだけどね。
同時に注目された柴田君も、やっぱり人気が高まっている。お陰様でボクと美沙都ちゃんは気が気でないんだよねぇ。
今話題の将来有望なアスリートなんて、女子からモテるに決まっているから。ほら、配信画面を見れば一目瞭然だよ。
応援に来ている歩道の人々は、明らかに女性ばかりじゃないか。全員が咲人目的ではないだろうけどさぁ、それでもちょっと複雑だよ。
競技場の観客席で柴田君のゴールを待っている美沙都ちゃんも、今頃はきっと複雑な気分だろうね。
「あの~篠原さん、今更ですけど1つ聞いて良いっすか?」
「うん? 何かな?」
「篠原さんから見た、咲人の一番好きな所ってどこです?」
おやおや和彦君、思春期らしく恋バナがしたいのかな? まあ咲人の幼馴染とならそれもまた一興だね。
そうだねぇ~全部っていう回答も即答出来るけど、彼が求めているのはそういう事じゃあないだろう。
かつて咲人に恋をした、夏歩ちゃんが彼の想い人なわけで。どういう所を参考にしたら良いのかって、そういう事なのかな?
お互いに全ての事情を知った上で、本人の前で聞いた覚悟に応えてあげたい所。さてそうなると、今ここで相応しい回答はなんだろうね。
咲人の1番好きな部分というと、最初に思いつくのはやっぱり真っ直ぐさかな。でもそれはきっと、和彦君も持っている様に思う。
彼は咲人と共通する面が結構あるみたいだし。そうなると今出す答えとしては、謙虚さになるのかな。
「過剰に成果を振り翳さない所かなぁ。余計な自慢はしないっていうか」
「……あぁ~~なるほど」
「確かに咲人は昔からやりませんね」
男性として未熟なタイプは、やたらと自分の成果を自慢したがる。聞いてもいない俺様の武勇伝なんて、聞かされる女性からしたら一番つまらない話だよ。
モテる女性の『さしすせそ』なんて言われているのが良い例だね。適当におだてて、聞き流すぐらいの価値しかないよ。
その点咲人は、全くと言って良い程に変な自慢はしない。むしろ自分の至らなさを理解していて、早く大人になろうとすらしている。
ボクの為に精神的な成長を望むなんて、嬉しい事だしとても可愛いなと思う。元々持っていたストイックさもあるんだろうけどね。
という話を2人の前で披露してみたけど、和彦君の参考になったかな? 君もカッコイイ男の子だから、自信を持って良いと思うよ。
「和彦のお母さんと居る時の咲人も、今思うとそうだったなぁ」
「自分の為に頑張ってくれるって、やっぱり嬉しいからね。女性としては」
「ですよね~分かります」
まあそのせいで咲人の自分に対する無自覚が、こうして発生してしまう原因でもあるけどね。
悩ましい所ではあるんだよね。結局そこに戻ってしまうというか。でも最後は嬉しいと可愛いが勝ってしまうから、許してしまうんだよ。
惚れた者の弱みってやつだよねぇホント。それはそれとして、和彦君のお母さんが凄く気になる。
咲人の初恋だった女性で、ボクより少し年上の女性。正直悔しくはあるし、ボクが幼い頃の咲人と出会っていたらなと思ってしまう。
たまに会う知り合いのお姉さんになれていたのかなって。もしかしたら咲人の、初恋の人になれたかも知れない。
なんて今更考えても意味はないんだけどね。当時のボクは20歳ぐらいで、知らない小学生を相手に何か行動を起こす理由が何もないから。
もしかしたら、すれ違った事ぐらいならあったかもね。そんな意味のない仮定よりも、今の方が遥かに大切だ。
さあ、そろそろ2区のスタート地点に行こうかな。トップ独走で走って来る、ボクにとって最高の彼を迎えに。
もうこの頃には美佳子と夏歩は、かなり仲良くなっています。夏歩から見れば美佳子は頼れるお姉さんで、美佳子から見た夏歩は可愛い妹分です。
作中では書く予定が無いのでここで披露しておきますが、夏歩の結婚式で仲人をするのは美佳子という設定です。




