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第265話 日常の大切さ

 6月11日はマサツグの誕生日だ。あんなに小さかった子猫が、今では2歳の立派なオス猫になった。

 日頃から良く食べていたからか、結構大きめで体重は5kg ちょい。骨格もしっかりしていて骨太だ。

 ただ太っているのではなく体格が良いというか、人間で言えば身長190cmのマッチョみたいな感じ。


 マサツグはとても発育が良いと、獣医さんが言っていた。そんな本日の主役を祝う為に、家事代行は無い日だけど放課後に遊びに来ている。

 一緒に遊ばせる目的で連れて来た、我が家のニアと比べたら大きさの違いが凄い。偶然にもニアは6月12日生まれで、マサツグとは1日違いだ。

 丁度良いからと、一緒に祝って貰っていた。2匹の猫が戯れる姿を、田村(たむら)さんが動画に撮っては歓声をあげている。


「あぁ……可愛い!!」


美沙都(みさと)ちゃんは動物好きだもんねぇ」


「男でもこれは可愛いと思うし」


 綺麗なシルバーのペルシャと、黒とグレーのアメショーが揃ってケーキを食べている。その光景はとても可愛らしく、癒し効果がかなり高い。

 美佳子(みかこ)も撮影したショート動画を、先程SNSに投稿していた。園田(そのだ)マリアのリスナー達に、2匹の可愛い映像をお裾分けだ。

 今ではニアもこの空間に慣れたらしく、周囲の様子を気にも留めずに食べる事に集中している。

 これまでにもちょくちょく連れて来ていたので、田村さんも知っている人間としてカウントしている様子だ。

 あんまり懐いてはいないけれど、触れられても平然としている。2匹の姿を堪能している田村さんには自由にしておいて貰って、美佳子とこれからの予定について話し合う。


「ねぇ美佳子、日曜日はどうしよっか?」


「そうだねぇ……映画でも観に行こうか」


「良いね、何観る?」


 楽しい週末の予定を決めながら、和やかな時間を過ごす。最近はこんな日々がずっと続いている。

 退院した後に父さんから言われた事だけど、相手を憎んでいても良くはならない。そんな事より楽しい毎日を送って、幸せになりなさいと言われた。

 実際に母さんを亡くしている父さんの言葉だったから、特に反発心が湧く事も無く受け止められた。

 陸上の事で頭が一杯だったから、正直憎んでいる暇が殆ど無かったのも大きい。こうして側に居てくれる人達も居たし、美佳子との時間は幸せだった。


 だからか自然とそういう流れになっていた。犯人の男は既に死刑が濃厚だと言われているし、今更俺から言う事は特にない。

 事件の当事者になるまで知らなかったけど、強盗殺人を起こした場合は無期懲役か死刑しかないそうだ。

 その強盗殺人を3件も起こし、飲酒運転からの轢き逃げじゃあ良い結果になる筈が無い。今後裁判もあるけれど、手続きなんかは父さんが任せろと言っていた。

 今となってはもう、本当に俺に出来る事はない。思う所が全く無いとは言わないけれど、犯人の為に時間を使う無駄な行為は俺に必要ない。


「わっ! 見て(あずま)君! ニアちゃんが膝に乗ってくれた!」


「本当だ。田村さんに慣れて来たのかもね」


「うちも猫が飼いたいなぁ」


 今まで田村さんにツンツン気味だったニアが、田村さんに気を許し始めた様だ。少し甘える様に鳴いて、田村さんに撫でられている。

 こういう何気ない日常の大切さが、どれだけ有難い事か良く分かった。今の俺があるのは、事故の経験から得た結果でもある。

 憎むよりも楽しい事を優先する生き方を覚えられた。意外とこのマインドが、色んなシーンで役に立っている。

 少しぐらいイラっとする事が起きても、まあでもここに来たら美佳子が居るしと流せる様になった。

 何もかも全部を許せる訳じゃないけど、許容範囲は結構広がったんじゃないかな。


「ねぇ咲人(さきと)、この映画とかどう?」


「えぇと、ああこのシリーズね。アクション系好きだよね美佳子って」


「やっぱり映画館で観るなら、映像が派手な作品が良いよね!」


 週末に2人で観る作品は、シリーズ物のアクション映画だ。優秀なスパイが主人公で、敵対組織を壊滅させたり機密情報を盗んだりする。

 俺が生まれる随分前から続いている伝統的な映画だ。面白いよと美佳子に勧められて、2000年代の作品は全部観た。

 それよりも前は幾つか観たけど、全てを観るのは無理だった。そもそも全作品を観られる所が無いし、中にはもう手に入らない漫画やレトロゲーム等もある。

 観られる分だけ鑑賞して、それなりの知識は得られた。古い作品も案外楽しめたし、昭和の時代を感じる事が出来たよね。

 俺も美佳子も熱心なファンでは無いけれど、それなりに気に入っているシリーズだ。


「あ、東君! ニアちゃんがマサツグちゃんに意地悪を!」


「またぁ? こらニアだめだろ、それはマサツグの分だ」


「ニャー」


 1歳年下なのに、ニアはマサツグを相手にいつも謎の強気だ。初対面の時からその傾向があったけど、今では完全に立場が決まっていた。

 我儘な妹分と、振り回される兄の様な関係が構築されている。悪戯好きなニアと、寛容なマサツグが上手く噛み合ってしまったみたいだ。

 たまに迷惑そうにしている時もあるけど、仲そのものは良いらしい。何だかんだで最後は並んで昼寝をしている。

 2匹の猫とこうして戯れている時間も、これはこれで楽しいと思う。日常の中にある平凡な楽しみだけど、十分過ぎる程の満足感がある。


 だれでも享受できる普通の幸せ、友人や恋人と過ごす時間。こんな日々が続いていく先に、人としての幸せがあるのかな?

 人生を語れる程に長く生きてはいないけれど、生きている有難さだけは多少なりとも知っている。

 そんな俺が思う楽しくて幸せな未来は、果たしてどれだけ実現する事が出来るのだろうか。

 もう季節としては夏で、夏が終われば受験が待っている。俺の未来を決める一大イベントが、少しずつ近付いていた。

事故から1年が経とうとしているタイミングなので、こういう話を挟んでおこうかなと。

自分の不幸をちゃんと糧にして、咲人君は成長していきます。

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