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第263話 咲人と競技場の想い出

 5000m走の決勝が行われる。もうこの競技場で何度走っただろう。最初は小学生の頃だった。

 初めて入った競技場での1番古い記憶は、人生で初めて出場した小学生だけの陸上競技大会だ。

 あるのは知っていたけど、中に入った事のない県の運動公園。その中にある陸上競技場は、年季の入った建物だった。

 けれども初めて入った俺には、()()()()()()()()()。別に新しく出来た人気の場所ではない。

 だけどこれまでに沢山の選手達が、競い合った場所で。歴戦の猛者達が本気の戦いを繰り広げた会場は、何も分かっていない俺にも得も言われぬ迫力を感じさせた。


 それまでに積み重ねた数々の激戦、その全てが勝利の喜びで満ち溢れていたのではなくて。

 むしろ敗北を味わう方が多いと知ったのは、何時ぐらいだっただろう。1番を決める争いは、いつも勝者にスポットライトが当たる。

 だけどその一握りだけの勝者達とは比べ物にならない程、大勢の敗者達が必ずその背景に居るんだ。

 勝者達の華やかな世界しか見えていなかった俺に、負ける悔しさを徹底的に教えてくれた場所でもある。

 もちろんそれまでにも、負けを知る機会はあったさ。自分が誰よりも優れた存在じゃないと分かってはいた。


 でも走る事に関してだけは、誰にも負けたくない。そんな気持ちが俺の中にはあって、和彦(かずひこ)にだって走る事で負けた事は無かった。

 だけどそれは同じ小学校の中では、という狭い世界に限定した話だった。俺はこの場所で、負けた時の本当の悔しさを知った。

 誰にも負けないと思っていた、1番得意な事で味わった敗北を忘れた事はない。ジャンケンで負けたとかゲームで負けたとか、そんな簡単に経験出来る敗北とは違う。


 和彦に憧れていた俺が、初めて出会った誰よりも速い奴が居た。それからの俺は、そいつにどうしても勝つんだと意気込んだ。

 少しでも速くなる為に、努力を重ねた。そして知った、得意な距離の違い。陸上と言う競技には、色々な競技がある。

 それは何となく知っていたけど、当時は全部同じだと思っていた。50m走が速い人は、駅伝も速いと勘違いをしていたのは懐かしい記憶だ。

 100mを速く走る技術と、1kmを速く走る技術は全然違う。走るという1点のみを見れば、やっている事は同じ。

 だけどペース配分とか走り方とか、何もかもが違っている。競技によっては履くシューズからして違う。


 その真実を知ったのは、自分が短距離で勝てない相手が現れたから。陸上部じゃない奴には勝てても、短距離が得意な相手とは徐々に開いて行く差。

 4年生になる頃には、そう言った諸々を子供ながらに理解していた。やんわりと得意不得意という概念に気が付けた。

 それでも大会で初めて負けた奴には勝ちたいと努力を続けて、5年生の時に出た大会にはそいつが居なかった。

 偶然かなと思ったけど、次の大会もその次の大会も出場して来なかった。なんだよそれはと、悔しい思いをした記憶は今も覚えている。

 実質的な勝ち逃げをされた事が悔しくて、忘れられない記憶になった。勝ち逃げって言うのも、おかしな話かも知れないけど。


 彼が今どこで何をしているのか、高校生になった今も知らないままだ。少なくともこれまでに再開は出来ていない。

 引っ越しをして他府県で陸上を続けているのか、それとも陸上部を辞めて他のスポーツをしているのか。

 どうであれリベンジが出来なかった敗北の1つとして、今も覚えている懐かしい過去の記憶。


 今でこそこうやって最前線で戦っているけど、俺はアイツよりも速くなれたのだろうか?

 もしアイツが今も陸上を続けていたら、ここで競い合ったのだろうか? やっぱり得意な競技は、短距離走だったのだろうか?

 それとも俺が気付いていないだけで、既に短距離走で活躍している選手の誰かがそうなのか? この競技場に来ると、ふと思い出してしまう。


「じゃあ咲人(さきと)、俺行くから」


「うん、頑張れよ(さとる)


「任せて」


 1組目に出場する聡が、決勝まで残った選手達と待機スペースから出て行く。俺が出るのは2組目で、本番はもう暫く先になる。

 軽いアップを挟んでから選手の紹介、そしてスタートとなる。男子5000mは400mのトラックを12周と、ラスト半周の200mで終わりだ。

 タイム的には決勝ともなると、殆ど全員が15分を切って来る。トップを争う速い選手で13分台、やや遅い選手で15分台が普通だろう。


 つまりあと20分程で俺の出番がやって来る。そしてこの決勝では、美羽高校同士での勝負も含まれている。

 俺と聡の他にも、後輩達が2人も最後まで残った。部員達も含めて、より速いタイムを出した選手が1位の座に輝く。

 他の強豪校に所属している選手達はもちろん、身内もまたライバルである。俺にとっては聡だってライバルだし、最も手強い障壁でもあって。


「2組目の入場をお願いしますー!」


「うっし! 行くか」


「はい! (あずま)先輩!」


 後輩と共に入場し、軽く体を温めてから配置につく。紹介アナウンスと共に、カメラを向行けられお辞儀をする。

 全員分が一通り終わって、スタートの姿勢を取る。やや前傾姿勢で構えて、ただ静かに合図を待つ。

 そしてスタートの合図と共に、一気に前へと走り出す。1番前に出て、後はペース配分に気をつけながら駆け抜けるだけ。

 タイム的に焦らずとも1位が狙えるので、普段通り冷静に走るだけだ。結果的に言って、俺が僅差で1位を取り聡が2位となった。


 表彰台の独占を狙ったけど、2年生の後輩が4位となり逃してしまった。全ての競技が終わる頃には、美羽高校の総合優勝が決定。

 だけど2位との差は僅かであり、拓海(たくみ)の男子1500mを始めとした後輩達の健闘が大きく影響した。

 男子のフィールド競技がやや弱い事と、女子のトラック競技に決定打が足りないという次の課題も見えた。

 勝ちは勝ちだけど、今こそ勝って兜の緒を締めよという諺に習おう。夏の駅伝大会とインターハイに向けて、これからの方針が色々と見えた良い大会だったと思う。

誤解が生まれるかも知れないと思ったので書いておきます。咲人君が敗北した相手が実は女子でしたパターンはやりません。

ラブコメだとあるあるですが、小学生と言っても大会で男子の部に女子は出られません。


にしても2025年のインターハイは面白かったですねぇ。16歳の高校生が100m10秒00は凄いですよ。U-18世界新記録ですから。

そしてスーパー高校生が増える分だけ私が書き難くなるという悲しみ。

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