第261話 将来の話を恋人とするのは楽しい
気が付けばGWに入っており、時間の流れの早さを実感している。やっぱり部長としての視点も増えたからか、それとも受験にも意識が向いているからか。
もしくはその両方なのか、考える事が色々と多くなった。そう遠くない内に、駅伝大会や選手権大会も待っている。
とりあえず今月末の県大会で、良い成績を残しておきたい。俺が出るのは5000mで、今の所は満足の行くタイムを出せている。
県内限定の規模ではあっても、記録を残せるなら残したい。スポーツをやっている人で、優勝したくない選手なんて居ないだろう。
意識がどうしてもそちらに向いてしまうけど、今は美佳子とのデート中だ。ちゃんと頭を切り替えないといけない。
人混みの中に居るからか、余計な事を考えてしまった。今日は朝から美佳子の運転で、県境にあるアウトレットパークに来ている。
「凄いね咲人、連休だから人が多いねぇ」
「まだ出来て2年しか経ってないからかな」
「目新しさは確かにあるかもね」
一昨年出来たばかりのアウトレットで、関東にしかない飲食店やショップが幾つか入っている。
そのせいか2年経った程度では人気が衰える事は無く、GW中なのも相まってかなりの来場者が来ているようだ。
だいたい俺達も数える程しか来た事がないし、色々と新鮮なのは他のお客さん達と変わらない。
初めて見たブランドのショップも増えているので、集客にはしっかりと注力しているみたいだ。
様々なキャンペーンやイベントが行われており、場内はとても賑わっている。ファミリー向けなのか、一部のエリアでは大量のシャボン玉が宙を舞っていた。
小さな子供達が、楽しそうに笑っている。母親と手を繋いでいたり、父親に肩車をされていたり。
幸せそうな家族達の姿が、そこには広がっていた。もし俺達が家庭を持ったら、あんな感じになれるのだろうか? 俺達の間に、子供が出来たら。
「どうしたの咲人?」
「ああいや。幸せそうな家庭で一杯だなって」
「……お母さんの事、思い出しちゃった?」
「えっ? あっ! 違う違う! 俺達もあんな風になれるのかなって、考えていただけだよ」
美佳子に変な気を遣わせてしまったらしい。確かに俺が突然こんな話を始めたら、そういう意味かと思うよな。
美佳子は俺の家庭事情を知っているのだから、勘違いしても不思議じゃない。と言うか、俺の言い方が悪かったよな。
ストレートに表現するのが少し恥ずかしかったから、表現をぼかそうとしたのがそもそもの失敗だ。
別にエロい事を考えていたのではなく、ただ家庭を築けるかどうかの話で。そりゃ子供を作るって事は、イコールそうではあるんだけど。
それに産むとなると大変なのは女性の方で、俺の方から積極的に言及するのもどうかと思ってしまうから。
「なんだ、そういう事ね。そうだねぇ、咲人は良いお父さんになりそう」
「え、そ、そうかな? あんまり自信はないけど」
「うちでは咲人が実質お母さんだからね! 父と母の両方を兼ねる!」
あ~そういう意味でね? うんまあ、そうなるか実際。今の生活を考えたら、家事は確実に俺が担当する事になる。
料理掃除洗濯と、基本的な作業は全部俺が行う。そうなると確かにお母さんでもあるのか?
でも子供の目線から見たら、美佳子はどう見えるんだろうな? 家から出ずにお金を稼ぐ母親?
だけど家事の一切が出来ないお母さん。そして俺が全ての家事を行い、仕事にも出て行く。
けれども所有株等も含めた、トータルの資金力は圧倒的に美佳子の方が上で。……ちょっと複雑な家庭か?
いやでも他に似た様なパターンだってきっと…………えっと、母親が売れっ子漫画家とか?
子供を持つ前に、どう説明するのかを考えておいた方が良いのかな? こうして考えてみると、そういう方向での問題だってあるな。
「そう言えば美佳子はさ、子供が出来ても配信するの?」
「まあリスナーの皆は続けてって言っているしねぇ」
「それもそっか。リスナーの皆、赤ちゃんの声が入ったら逆に喜びそうだし」
園田マリアのリスナー達は、恋人が出来た事を祝福したぐらいだ。きっと子供が出来ても喜ぶだろうし、子供の成長報告さえも聞きたがる気がして来た。
マサツグの成長記録でも喜んでいたしね。でもそうなったら、子供に説明するのが余計に難しそうだ。
既婚者Vtuberの人とか、どうしているんだろう? 俺は見た事が無いけれど、そういうVtuberだって居る。
今度質問を送ってみようかな? 婚約者がVtuberなのですが、子供にはどの様に説明しているのでしょうか? みたいな感じで。
美佳子との相談も当然するどさ。いや待てよ? むしろ美佳子の方がそういう活動者の仲間が居るかも?
Vtuberという存在は今では当たり前になったし、親が配信者だという家庭も意外と結構あるみたいだし。
「美佳子はさ、子供に自分の活動を見せたい?」
「え? あぁ~~悩むなぁ。……女の子なら、見せたいかな? 男の子だったら、微妙かも」
「へぇ~男女で違うんだ。意外かも」
そんな風にもし家庭を持ったらという、まだ少し早い話題を続けながらアウトレットを周って行く。
新しいメンズコスメを買ってみたり、気に入った服を買ってみたり。そんなごく普通のデートを続けながら、家族について2人で考える。
分かってはいるさ、学生の分際でそんな事を考えても仕方ないって。だけど俺達は、普通のカップルとは少し違う。
婚約を済ませているし、それなりの年齢差もある。普通の18歳なら考えなくても良い事を、俺は考えないといけない。
夏までの部活と、受験と進学だって大事だ。けれども後1年も経てば、俺は本格的に父親となる覚悟を持たねばならない。
今年で美佳子は34歳を迎え、来年には35歳でそこからは高齢出産になる。だから美佳子と相談を続けて来たし、俺も色々と考えた。
だけどさ、だけど……やっぱり楽しいと思ってしまう。美佳子とこうして、未来の話をするのは。
俺達に子供が出来たら、結婚して夫婦になったら。そんな幸せな未来を夢見る事で、得られる幸福感が俺はとても好きだ。




