第259話 新しい後輩
1年生が部活に入部する日がやって来た。体験入部も終わって、正式に新入生達が陸上部に来てくれている。
雄也と話していた通り、1年生の入部希望者が2年生の部員数を超えている。先輩やOBの方々のお陰か、美羽高校陸上部の知名度がより高まって来たのだろう。
もちろん俺達の努力だって、影響はしているのだろうけど。美羽高校の全国優勝は初めてではないけれど、ここ数年は出来ていなかった。
それを俺達の手で達成出来たのだから、興味を持ってくれる人がどんどん増えてくれると嬉しい。
まあ今年の1年生は優勝よりも前に志望校を決めているだろうから、俺達の影響はそう大きくはないだろうけどさ。
例え無関係だったとしても、入ってみようと思う生徒が増える切っ掛けになっていたら。だとしたら1人の選手として冥利に尽きるよ。
そんな風に思いつつ、一哉と共に新入部員達の基礎練習を見守っている。簡単な準備運動や、走り込みを行っている。
「おお! 良いねぇ」
「うん? どの1年生だ?」
「ほら、今澤井に教わっている子だよ。良い乳だな」
「そっちかよ……」
聞いた俺がバカだった。期待出来る新人が居たのかと思いきや、そっち方面の見込みだったらしい。
確かに澤井さんに負けず劣らずなスタイルだけど、今評価すべき所はそこではないだろう。
1年生の男子達から、期待出来そうな部員を探して欲しい。特に部長と副部長の俺達は、この夏に向けて芽の出そうな新人を見つけなければならない。
俺の場合は駅伝大会と長距離走のメンバー候補、一哉は短距離走を中心にトラック競技のメンバーを。
それぞれ判断をして、顧問の勝本先生と話し合う必要がある。とても重要な要素だから、ちゃんと見ていて欲しい。
「なあ一哉、やる事は分かっているよな?」
「うひょー! ん? ああ、大丈夫だ任せろ」
「本当かよ……」
「アイツとアイツ、期待出来そうだぞ」
1年生の女子ばかり見ているのかと思いきや、こう見えてちゃんと男子も見ていたらしい。
相変わらず抜け目がないというか、やるべき事はちゃんとやっていた。そうであるなら文句はこれ以上言えないし、俺としても言う事はない。
好きに新人の女子達を堪能していてくれ。どうせ後で、澤井さんに怒られて終わりだろうけど。
さてじゃあ俺の方は、新しく出来た後輩達と会話でもして来ようかな。部長としての仕事はちゃんとやっておかないと。
まだまだ高校の陸上部に慣れていないだろうから、軽く会話でもして気を楽にしてあげよう。
俺も1年生の時は、先輩達にそうして良くして貰ったからね。一旦休憩に入った1年生達の所に向かっていると、背後から女子に声を掛けられた。
「あの、東先輩ですよね?」
「え? 何?」
「私の事、覚えていますか?」
後ろを振り返ったら、見知らぬ女子が立っていた。短めの髪を茶色に染めていて、薄くメイクもしている小柄な女子だ。
如何にもスポーツ女子って感じで、健康的で可愛いと思う。澤井さんと似た良さがあると言うか、ネクスト澤井さんだ。
けれども俺の記憶にこんな女子は……いやでも、覚えているか聞かれているし。言われてみれば見た事がある様な、無い様な……不思議な感じがしている。
どこかで食べ料理の名前が、思い出せない時みたいだ。味は覚えているのに、なんて名前だったか出て来ない感じ。
具材までしっかり覚えているのに、喉から先に出て来てくれない。そんな絶妙な感覚に襲われている。
「もう! 忘れちゃったんですか? 春奈ですよ、小林春奈」
「小林春奈…………って、あの小林か! 雰囲気が変わっていたから、すぐには分からなかったよ」
「えぇ~~? そんなに顔とか変わっていませんけど」
いやだって、だいぶ雰囲気が変わっている。中学時代の後輩で、昔は黒髪だったしもっと大人しい印象だった。
あの頃は今の様に1年生と3年生の関係で、1年間しか交流が無い。それでもわりと仲は良い方だったし、相談に乗る事も多かったな。
小林も長距離走のランナーで、練習方法や走り方など色々と聞かれる事が良くあった。今となっては懐かしい記憶だ。
言われてみればあの頃の面影があるし、小林だと認識すれば確かにそうとしか思えない。高校デビュー、というにはメイクが上手いな。
慣れない手つきでメイクをした感じはない。俺が卒業した後から目覚めたのだろうか? まあ何にしても、随分と変わったなぁ。
今の小林はかなりモテるだろう。そして何よりもこの子こそが、さっき一哉が褒めていた女子だ。
「いや変わったよかなり。昔よりも可愛くなったよなぁ。小林、モテるでしょ?」
「ちょっ!? ああもう! 東先輩って、昔からこうですよね!」
「俺、何か変な事言った? 普通にただ褒めただけだし」
「あ~~ず~~ま~~く~~ん? 新入生を相手に、何をしているのかなぁ?」
またしても背後から声がした。でも何故だろうか? 聞き慣れた声には、物凄い圧が含まれている。
何も悪い事はしていないのに、冷たい汗が背中を伝っていく。どうしてだろうか? 振り返ったら般若が居る気がするんだけど。
恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのはやっぱり澤井さんで。笑顔を浮かべているど、全く笑っていなかった。
小林は1年生達の居る所に戻されて、残された俺は澤井さんに怒られていた。篠原さんという恋人が居るのに、一体何をしているのか。
女子に優しいのは良い事だけど、東君は自覚が足りていないとも言われた。一体何のお話でしょうか?
という気持ちが顔に出ていたのか、更に止まらなくなる澤井さん。普段の言動にもっと気を付けろとか、優し過ぎるのは罪だとか、色々と怒られてしまった。
何だか分からないけど、理不尽じゃない? おかしいぞ。怒られるのは一哉の方だった筈なのに、真面目に部活をしていた俺が怒られてしまった。なんでぇ?
澤井さん「お前そういうとこやぞ!」
友人知人の男性達が爆モテイケメンばかりなせいで、自分のモテに自覚が足りない咲人君。
ちなみに小林春奈ちゃんは、咲人君ガチ恋勢ではなく憧れ止まりのタイプです。ねぇ聞いて聞いて! 東先輩に褒められちゃったーキャー! で満足します。
もし美佳子と一緒にいる咲人を見ても、そりゃ先輩なら美女とも付き合いますわぁ! というリアクションをするタイプの女子。




