第258話 出会ってそろそろ3年が経つ
今年で3年目を迎える美佳子に頼まれた家事代行。同時にそれは出会って3周年とも言える。
それだけ長い間一緒に居たのだから、美佳子の私生活はもう大体知り尽くたと言って良い。
今どうして欲しいとか、何が欲しいとか見ていれば大体分かる。どこに何を置いたとか、美佳子の癖も知り尽くしてしまった。
最早この世界で誰よりも、美佳子の家と物の配置を把握していると言っても過言ではない。
家主以上に知っているのもどうかと思うけど、その本人があちこちで適当に置いてしまうのだから仕方ない。
今も何かを探しているらしく、ガサガサと美佳子が家探しをしていた。
「何を探しているの?」
「ボクのハンドクリーム知らない?」
「あ~それなら多分……あったよ」
美佳子は散らかった書類の下を探していたけど、そこにはきっとない。何かが見つからない時は、普通は置かない場所を探す方が良い。
リビングではなくキッチンへ向かい、シンクの周辺を探した。そうしたら案の定、何故かハンドクリームがキッチンに置かれていた。
恐らくは朝のスキンケアをしながら、朝食を冷蔵庫から取り出した時に置いたのだろう。
美佳子は同時に複数のタスクを行う傾向があり、こうやって無関係な所に物を置いてしまう。
スプーンやお箸が玄関のシューズラックの上に置かれていた、なんて事も当たり前の様に発生する。
複数のタスクを行う人が、全てを綺麗に片付けるとは限らない。美佳子の場合仕事はキチンとこなすけど、整理整頓は壊滅的だ。
「お~! 流石咲人だ」
「美佳子の行動には慣れたからね」
「咲人が居れば、AI要らずだね!」
それはちょっと言い過ぎな気がするけどなぁ。俺よりもAIの方が、知識は格段に多いだろうし。
ああでも美佳子のお世話に限定するのなら、AIに負けない自信がある。美佳子の癖を完全に把握しているし、求めている事はすぐに察知出来るから。
今では何も言われなくても、勝手に体が動くレベルで行動出来る時もあるぐらいだ。
身に染みた美佳子のお世話術については、本が1冊書けてしまうかも知れない。美佳子の解体新書が出来上がるかも。
そんなの書いても、俺にしか需要が無いだろうけど。こういう仕草をしていたら、美佳子がこうして欲しい時のサインだ! なんて知って得する人間が他には居ない。
「それより書類を整理しない? またマサツグに齧られるよ?」
「あ、そうだね。休憩がてら片付けるよ」
「俺も手伝うよ」
掃除は済んだし、お風呂掃除も終わった。今は洗濯機を回しながら、美佳子にコーヒーでも入れようかと思っていた所だ。
机の上が散らかったままでは、事故が発生してしまう可能性がある。書類に零してしまったり、マサツグのおもちゃにされてしまったり。
悲しい事故が起きてしまう前に、一旦片付けた方が良いだろう。今日は田村さんが休みだから、他に手伝う人がいない。
美佳子1人でやるよりも、2人でやった方が早く済む。コーヒーを入れて片付くのを待っているよりも、遥かに建設的だしね。
「そう言えば、明後日は東京だったよね?」
「うん、さやちゃんと打ち合わせだよ」
「相変わらず忙しいね」
美佳子は新たに社員を雇う意思を固め、同時進行で色々と手を広げ始めている。個人としてやりたい事、仕事としてやりたい事。
それらがしっかりと決まっているので、美佳子の動きはとてもスムーズだ。こういう所を見ていると、やっぱりカッコイイ女性だなと思う。
俺の様な高校生には分からない、大人の世界を生きている。お金を稼ぐという事ぐらいなら、多少は分かるつもりだ。
好条件のバイトとは言え、家事代行をやり始めて丸3年が経とうとしている。だけど社長としての動き方とか、エンターテイナーとしての意識とかは分からない。
とても難しい事だとは理解していても、その全てを理解出来ていない。俺がまだ美佳子について、把握し切れていない部分だ。
「リアルイベント、やれたら良いね」
「うん! その為にも、今の内から頑張らないとね!」
「俺も出来る限り、美佳子を手伝うよ」
どうせやるなら最高の環境で、今の美佳子はそう考えている。所謂ファン感謝祭的な、大規模なイベントを目指して動き始めた。
田村さんと出会った事で、ファン達への感謝する気持ちがより大きくなったと聞いている。
だからこそ今でも出来る小規模なイベントではなく、より大きな形で開催したい。それが今の美佳子が目指している目標だ。
流石にドームクラスでは無いけれど、それなりの会場を用意する為に美佳子は規模拡大を決めた。
3期生も増やして、ライブイベントなんかもやると言っている。俺はそういうイベントを詳しく知らないけれど、今時のVtuberが行うイベントは凄いらしい。
大手企業だとハイクオリティな3Dモデルを使って、普通のアーティストみたいにライブをやっているとか。
軽く参考映像を見せて貰ったけど、俺の想像を遥かに超える出来だった。同時にこれが美佳子の目指す未来かと、ワクワクする気持ちも生まれている。
「いつかはボクが、咲人を東京ドームに連れて行くから!」
「ハハハ! じゃあ俺もいつか、美佳子を東京マラソンに連れて行くよ」
「ボクと咲人のどっちが先に実現するか、競争だね!」
夢は大きい方が良いなんて言うけれど、これぐらい大きくても許されるよね。美佳子はVtuberとして、俺は長距離ランナーとして。
お互いに目指す未来を示す事で、頑張ろうという気持ちが強くなる。もちろん支えてくれる人達の事も、忘れてはいない。
だけど恋人と交わす約束は、また違った意味がある。実現出来るかどうかなんて、お互いまだまだ分からない。
だけどお互いの熱量は伝わっている。今はまだ半分冗談だけど、いつかきっとそんな日が来たら。そんな夢を語り合う時間からも、幸せを感じられるんだ。
夢を語り合える恋人が居るって、凄く幸せな事だと思います。
そこに年齢は関係ないのかなって。




