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第254話 三浦夏歩にとっての東咲人

 私の幼馴染が、陸上競技場で表彰台に立っている。小さい頃から仲良くしていた2人の男子の内の1人。

 気が利いて優しくて、ちょっと可愛い所もある咲人(さきと)和彦(かずひこ)がグイグイ行くお兄ちゃんなら、咲人は少し頼りない弟みたいで。

 同い年だけど、私の幼馴染は兄弟みたいな感覚があった。ずっと一緒に居たからだろうけど、気が付いたらそう感じてしまっていた。

 だけどその癖に私は、咲人を好きになった。今はもう恋心はないけれど、特別な男子であるのは変わらない。

 私にとっては、初恋だった男の子だ。和彦と一緒に観客席から見ている私達の前で、咲人は金メダルを受け取っていた。


「咲人も和彦も、凄い人になっちゃったね」


「え? 俺もか?」


「甲子園で大活躍したじゃない」


 和彦は咲人を凄いと思っている癖に、自分の評価は低い。そして咲人も似た様な事を考えている。

 そういう所が似た者同士なんだけどなぁ。本人達には全然その自覚がないんだけどね。

 私としては凄い幼馴染が2人も居て、誇らしい限りだよ。野球と陸上でそれぞれ、全国の舞台で1位を取って来た。


 私も今はテニスをやっているけど、2人程の活躍は出来ていない。インターハイでベスト8止まりが最高記録で、だからこそ幼馴染達の凄さが良く分かる。

 女心が分からないガキ大将だった和彦が、今ではプロからスカウトが来る将来有望な選手になった。

 ちょっと頼り無かった咲人が、今では部員を纏め上げる部長を務めている。咲人もきっとこれからは、大学やプロから声が掛かっても不思議じゃない。


「咲人と和彦がプロになる前に、サインを貰っておこうかなぁ」


「俺はまだプロになれるって、決まっちゃいないぞ?」


「でも声は掛けられたんでしょ? 十分可能性があるじゃない」


 2人が遠い所に行ってしまったみたいで、少し寂しい気持ちもある。だけどそれ以上に、応援したい気持ちの方が大きい。

 素直にそう思えるのは、私がどうして咲人を好きになったか分かったからだ。私が居ないと咲人は困るし、私が面倒をみてあげないといけない。

 そんな想いがあったからこそ、惹かれていたんだと思う。一応恋ではあったものの、最も大きな理由は所有欲だった。

 母親を亡くして悲しんでいる咲人を、守ってあげている私。そうやって状況に酔っていただけだった。


 本当の意味で、心から咲人を求めていた訳じゃなかったと知ったのは中学の時。想いを告げたあの日から、私は咲人と距離を置いてしまった。

 最初は私だって怒っていたし、分かってくれない咲人が悪いと思い込んだ。だけどいざ離れてみると、違和感が日々つき纏う。

 咲人に向けていたお世話心を友達に向けていたら、ある時からそれだけで満足出来てしまった。

 咲人が好きだった気持ちも嘘じゃないけど、私が抱いていた感情は少し違う。距離の近い弟や妹の様な存在を、ただ求めていただけだった。


「なあ夏歩(なつほ)、俺達も咲人を迎えに行こうぜ」


「あ、うん。そうだね」


「早く行こう」


 表彰式と閉会式が終了し、咲人達が退場していった。私は和彦に急かされながら、客席を立って1階へ向かう。

 幼馴染として頑張ったねと、労いたい気持ちは当然ある。だけど私達よりも前に、咲人と会うべき人が居る。

 私達幼馴染よりも、ある意味で一番咲人と分かり合えた女性。私とは違って、東咲人(あずまさきと)という人間を愛した人。

 弟の様に可愛がったのではなく、愛する男性として咲人を見ている篠原(しのはら)さん。咲人が事故に遭ってから、私と篠原さんの違いが良く分かった。


 もちろん私だって、咲人を心配したし生きていてくれて良かったよ。でも私は篠原さん程、心を抉られていなかった。

 同じ女性同士だからこそ良く分かる、メイクでは隠しきれない疲労感。きっと凄く苦しんで、辛い時間を過ごしたのだとすぐ分かった。

 中学時代の私は、そこまでの気持ちを咲人に対して持って居たかな? 少し考えるだけで、そうでは無かったと答えが出た。

 恋に恋するなんて良く言うけれど、私がしていたのは正にそんな恋愛っぽい何か。いや違うかな、愛は無かったからただの恋。


「おーい! 咲人―!」


「ちょっと和彦! 私達はまだ早いの!」


「は? そりゃどういう意味だ?」


 私達が行くべきは今じゃない。走り出そうとした和彦を、強引に引き留める。高校生になった和彦は、とても大きくなったから止めるのが大変だ。

 きっと全力を出されたら、私の力では止められない。だけど私の意思が理解出来たのか、和彦はちゃんと止まってくれた。

 そうやってわちゃわちゃしていた私達より先に、篠原さんが咲人の下に向かう。咲人が年上好きなのは、和彦のお母さんで分かっていた。

 知っていた癖に、我儘を私は咲人にぶつけた。和彦の好意まで無下にして、自分のモヤモヤを投げつけてしまった。


 後で和彦には謝れたけど、どうしてか咲人には謝れなくて。多分私はあの頃、意地を張っていたんだと思う。

 でも私のせいで咲人が女子とギクシャクしていて、それはどうにかしたいけど声を掛け辛くて。結局ズルズルと引き摺ったまま、私達は高校生になった。

 だから一昨年にプールで再会した時、私は何よりも先ず安心した。そこで再会した咲人は、ちゃんと恋をしていたから。


「あっ、そういう意味か」


「和彦って、そう言う鈍さは昔からよね」


「ゔ……すまん」


 幸せそうにしている咲人を見ていると、これで良かったと心から思える。だって私には、こんな未来を作れなかったと思うから。

 事故で傷ついた咲人を、心から癒すなんて出来たとは思えない。あれはきっと篠原さんじゃないと、出来なかった事だと思う。

 こうして見ていると本当にお似合いで、羨ましいぐらい愛に溢れている。この人になら、咲人を任せても大丈夫だと素直に思う事が出来た。

 凄くて優しくてちょっと手の掛かる私の弟分を、これからも宜しくお願いしますね。

夏歩ちゃんの想いを入れるなら、ここが一番良いかなと思って入れました。ブラコンお姉ちゃん的な気持ちだったのが、夏歩ちゃんの咲人への恋です。

咲人を取られたくない! みたいな未熟な独占欲であり所有欲です。

次回で5章は終了です。

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