第253話 果たすべき約束と誓い
京都市内で全国高校駅伝大会が行われている。各地の予選を突破して来た強豪達が、全国の頂点を懸けて争う。
朝10時からスタートした男子の部は、2時間近く経過しており大詰めを迎えていた。
絶好調だった咲人が率いる美羽高校は、この時点で1位では無かった。2区の島津拓海が走行中に、外国人観光客がコース内に乱入するトラブルが起きてしまった。
運悪く巻き込まれかけた拓海は激突を回避したものの、その際に足首を痛めてしまいペースが急激に落ちてしまう。
棄権だけはしたくないと、意地だけで走り抜いたが順位は1位から9位まで落ちてしまった。
その後も全国らしいハイレベルな争いが続き、美羽高校は6区のスタート時点で11位だった。
奮闘するも順位は変わる事なく、アンカーである咲人に襷が渡る。最後の戦いを沢山の人々が見守る中、実況と解説が放映されていた。
『さあここで区間1位有力候補、東選手に襷が渡りました!』
『前回は事故のせいで不参加でしたが、しっかりと戻って来ましたね』
『東選手がどこまで順位を伸ばせるのか、期待したい所です!』
咲人がスタートを切った時点で、1位とは2分程の差がついていた。全てが決まる最後の5kmにおいて、約2分の差は決して少なくない。
絶対に逆転出来ないタイム差ではないものの、11位からの厳しいスタートとなった。
しかし咲人の頭には、優勝する事以外には無かった。事故のせいで受けた悔しさも、これまでの苦労も全て覚えている。
そして美佳子との誓いや和彦との約束、友人達との日々が全て咲人の支えとなっていた。
10位以内や入賞で妥協してしまっても不思議ではない順位でありながら、咲人が見ているのは1位だけ。
『現在3位までは順位に変動もなく、おや? おおっと、東選手がかなりの追い上げを見せています!』
『スタートから1kmで4人も抜いていますね』
『既に5人目も背中を捉えています!』
最初から全力で走る咲人は、5kmを一気に駆け抜けるつもりで居た。これで全てが決まる以上は、この後を考える必要はない。
今の自分に出来る最高の走りを、ここで発揮するだけ。余計な思考を捨ててただ走る事だけに集中した咲人は、大空を舞う鳥の様に自由だった。
誰にも邪魔をされる事無く、思うままに前へと進み続ける。夏に受けた絶望と苦しみを乗り越え、新たな境地へと至った咲人の快進撃は止まらない。
スタートから1.3kmの地点で5人目を抜き去り、すぐ近くに居た6人目を追いかける。
1.4kmを超えた所で6人目を抜き、美羽高校の順位は5位まで浮上した。
『かなりのペースですが、最後まで保てるのかぁ!?』
『このペースが続くなら、歴代最高記録に並ぶかも知れませんよ』
『これが区間1位候補の実力か! 7人目を抜き去った!』
2km手前で7人目を抜いた咲人は、速度を落とす事無く更に前へと進み続ける。4位まで上がって来た咲人の前を走るのは、残りたったの3人だけ。
しかし咲人の心は今も穏やかなまま、凪いだ湖面の様に荒れる事はない。焦らず冷静に自分の走りを続ける咲人は、2.5kmの地点で8人目と並ぶ。
放送では咲人が残して来た夏以降の公式戦の記録が表示され、解説と共に実況が盛り上がっていく。
生配信でも咲人の追い上げが注目されて、コメント欄もかなりの賑わいを見せていた。そして迎えた2.7km付近で、9人目を抜き2位まで上り詰める咲人。
7区の半分を超えた地点で、美羽高校は2位まで上がって来た。ここまでペースに乱れがない咲人は、そのまま10人目の背中を追いかける。
『さあ泣いても笑っても残り2kmです! 優勝するのは1位の京都総合か、それとも2位の美羽高校か!』
『これは分からなくなりましたよ』
『追い上げる東選手、10人抜きを達成してみせるのか!?』
学生の駅伝大会で、度々起こる10人抜きという偉業。エース級の選手が、男女問わずに達成する時がある。
これまでにも達成した選手はそれなりに存在し、ここ10年以内にも何度か確認された。
そんな素晴らしい結果を残す1人として、咲人は王手をかけている。そもそも5人抜きでも十分な成果であり、現状の9人抜きでも新聞記事になるレベルだ。
このまま逆転しようものなら、色々な所からオファーが来ても不思議ではない。しかし今の咲人にそんな事はどうでも良く、優勝を目指して走り続けるのみ。
10人目の背中が見えた所で、凪いでいた咲人の心に火が灯った。ここまで焦らずに我慢して来た、溢れんばかりの闘志を爆発させる。
『残り1.2kmという所で、東選手が追いついた! もう10人目は目の前だ!』
『大会新記録が出るかもしれませんよこれは』
『あぁっと! 悲劇を乗り越え全国の舞台に舞い戻った男が今、トップに踊り出ました!』
美羽高校が1位となっても、咲人の速度が落ちる事は無い。ゴールするまで優勝が決まるわけではないからだ。
残り1kmの地点で更に速度を上げた咲人は、残された体力を全て振り絞ってゴールを目指す。
この大逆転劇はテレビやWEB配信の視聴者や、歩道で応援する人々を大いに沸かせた。
ゴールである競技場で待っていた美佳子達には、スクリーンに映された咲人の雄姿が見えている。
残る距離は500mになり、200mを切って暫く。競技場のトラックに順位を維持したまま、咲人が勢い良く飛び込んで来た。
2位との差は十分にあり、最後の100mは咲人のウイニングランとなった。陸上部のメンバー達との約束、和彦との男の約束。
そして美佳子と始めた、本当の東咲人として生きる誓い。その全てを背負ったまま咲人は、盛大な歓声の中でゴールテープを切ってみせた。
最初の想定ではこの後に時間が飛んで、結婚した2人を書いてエンディングという構成でした。
長くした分書ける事が増えたので、伸ばして良かったなぁと思っています。




