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第252話 大会に向けた最終調整

 ほんの僅かな期間でしかない冬休みを終えて、俺達は全国大会に向けた最終調整に入っていた。

 調子は正直かなり良いと断言出来る。タイムの伸びも好調で、後は大会本番を迎えるだけだ。

 メンバー達も好調で、今度こそ全国優勝が射程圏内に入った。夏に取り逃した栄光を、次こそは俺達が勝ち取る。

 そんな熱い想いを抱きながら、俺達陸上部の男子達は毎日の練習を欠かさない。本番を想定した7人でのタイム測定は、俺がゴールした事で一通り終わった。


 トータルのタイムは2時間1分35秒と、昨年冬の大会で優勝したチームに若干劣る程度。

 もう少し突き詰めて行けば、優勝に手が届くのは確実だ。油断は出来ないけれど、かなり可能性が高い事は間違いない。

 この調子で本番を迎えられたら、今度こそ悲願を達成できる。あの日の悔しさを、必ず払拭してやるんだ。息を整えがら、決意を新たにする。


「良くやった、(あずま)。お前ならやってくれると信じていた」


勝本(かつもと)先生」


「これを見ろ」


 顧問の勝本先生が手にしているタブレットには、各区間のタイムが表示されている。

 先生が記録をしていた表の、1区と7区の表記が太字で強調されていた。1区を担当する(さとる)のタイムは、27分50秒と歴代大会最の高記録に近い。

 そして7区の5kmを担当する俺は、14分03秒と夏に優勝した区間1位と同じタイムだ。


 これはかなり大きく、聡が50秒を切れれば歴代記録が塗り替わるかも知れない。そして俺の方も、14分を切れれば歴代最高記録に並ぶ可能性が出て来た。

 他の区間も良いタイムだけど、特に聡と俺の記録が突出している。つまり本番における俺と聡が背負う責任は、その分かなり重くなるという事。

 嬉しくもあり誇らしくもあり、だけど同時に辛くもある。だけどその重みも受け入れて、俺は前を向く事が出来るから。


「良くここまで仕上げてくれた」


「いえ、俺にはまだ14分の壁があるので」


「それでもだ。この調子で頼むぞ」


 現時点で28分の壁を超えてみせた聡の方が、うちのエースと呼ぶに相応し記録を出している。

 今の俺が10kmを走っても、28分は超えられない。単純計算で5kmの倍だからと、雑に換算しても28分06秒だ。

 実際に走ればもう少し遅くなる可能性が高い。そもそも聡は歴代最高記録との戦いをしていて、俺とは立っている舞台が違う。


 まだ俺はその領域に届いていない。最高記録を更新するのと、並ぶかどうかは似ている様で全然違う。

 やはり俺はまだ、最前線まで戻れていない。凄く近い位置には居るけど、まだ実力が足りていない。

 優勝するのはもちろん大事だけど、個人の記録も出来る限り良いタイムを残したい。だけど今は、部長として皆を鼓舞しておく場面だ。


「皆お疲れ様! 俺達はかなり良い記録が出せている。後は優勝するだけだ」


「東先輩、俺、大丈夫ですかね?」


拓海(たくみ)だって良いタイムだったよ。自分にもっと自信を持て」


 相変わらずイマイチ自信を持てない後輩が、不安そうにしていた。十分2区の区間1位を狙えるタイムを出せているのだから、そんなに心配しなくても良いのに。

 去年の俺とそう変わらないタイムだから、もっと堂々としていても許される。1年生の時点でこのタイムだったら、足を引っ張る事は無い。

 むしろ十分貢献出来ている方で、夏の大会が楽しみなぐらいだ。タイムの伸びは順調で、このまま行けば区間5位以内に入る可能性が高い。

 だけどこの昔から心配性の後輩は、どうして不安が消えないみたいだ。慎重なのは良い事だけど、ちょっと気にし過ぎかな。


「余計な心配をし過ぎて、怪我をするなよ? 俺が言えた事じゃないけど」


「も、もちろんですよ! 迷惑はかけたくありませんから」


「何かあっても俺達2年生が何とかするから、もっと気楽な気持ちで挑めば良い」


 そう言えば俺も、似た様な事を1年の頃に言われたっけ。全国大会とは言っても、1年生の責任はそこまで重くはない。

 普段通りのペースで走ってくれればそれで良い。重要なポジションは俺と聡がカバーする。

 だから1年生は気楽に行けと、励ましておくが後輩の心配性は治らない。本人の性格だから、そう簡単に改善する事じゃない。

 もう場数を踏むしかないというか、経験して慣れて行くしかない。なんてのは和彦(かずひこ)美佳子(みかこ)に頼っていた俺が、偉そうに言える事ではないけれど。

 だけどまあ、1年生はやっぱり緊張してしまうか。聡達2年生を集めて、拓海を全員で励ます。


「なあ聡? 俺達が何とかするよな」


「うん、任せてよ」


「な? だから拓海、気張らなくて良いんだ」


 後輩を励ましつつ、かと言って甘やかす事はなく。こうして俺達は鍛錬を重ねつつ、絆を深めて行った。

 トレーニングの合間で美佳子に癒されたり、友人達と遊んだり。俺なりに充実した日々を重ねて行く内に、時間はすぐに流れていく。

 ジムでは山崎(やまざき)さんにギリギリまで付き合って貰って、今出来る最高の状態で大会を目指す。気付けば1月が終わって、2月に入った。

 そうなれば駅伝大会までは、秒読みの段階だ。体を壊す様な無茶は控えて、ただ大会当日を待つ。

 冬は怪我をし易い季節だから、今まで以上に注意して過ごした。また怪我で欠場なんてごめんだったから。


 家事代行と美佳子との時間も大切にしつつ、たまにニアとの交流も忘れない。高まる期待と緊張を胸に、普段通りの生活を送った。

 焦らず冷静に、だけど絶対に優勝するという熱い想いを忘れない様に。そして和彦と交わした、男の約束も忘れていない。

 大会当日は和彦と夏歩(なつほ)も観に来てくれる予定だ。もちろん美佳子も会場まで来てくれるし、大会前日にもしっかりと勇気を貰った。

 そうして迎えた全国大会当日。東咲人()のリベンジが、ここから始まる。

■訂正

何故か247話で7区を6区扱いで書いていたミスに気付いたので訂正しています。

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