第247話 咲人の復帰戦
7区を6区と表記してしまっていたミスを訂正しています。
駅伝大会というと一般的なイメージとして、冬の全国高校駅伝大会が中心になるだろう。
だけど実際にはそれだけじゃなく、春夏秋冬の全てで駅伝大会は行われている。単純に京都の認知度が高いのは、新聞社が主催する大会だからだ。
実際には大きな大会は他にもあって、春に長野で行われる伊那駅伝だって規模の大きな全国大会だ。
他にも地域限定の大会だって行われている。関東圏のみや関西圏限定という風に、何だかんだで1年通して開催されて来た。
俺はその全部に出ていた訳じゃなくて、出ていなかった大会も幾つかある。これは顧問の勝本先生が決めた方針が関係している。
なるべく色んな選手に、出場経験を積ませる意味もあるからだ。例えば全部の大会に俺が出ていたら、そのせいで出られない優秀な部員があぶれてしまう。
それでも成績が判断基準ではあるので、絶対に全員が出られる訳ではないけれど。代わりにインターハイの長距離走に選ばれる事もあったりする。
何より駅伝大会の様な負担の大きな大会は、選手側の負担もバカにならない。1人で背負い切るのは大変だ。
そして今回俺は、地方限定の小規模大会で7区を走る事となった。ここで一旦前哨戦を済ませて来いと、そういう意味なのだろう。
10月の終わり頃に勝本先生から声を掛けて貰ったので、良い機会だと思って承諾した。
出場メンバーがいつもと違うけど、皆が優秀なランナーであるのは分かっている。ただ俺は信じて、最終地点で待つだけだ。
「じゃあ咲人、俺らはゴールで待ってるからよ」
「ああ。ありがとう皆」
「頑張ってね、東君」
一哉と澤井さん、聡と田村さんといういつものメンバーが去って行く。今まで俺は2区だったから、こうして最終走者として待つ立場は久しぶりだ。
駅伝大会でアンカーをやったのは、中学3年の時が最後だったな。この空気感は随分と久しぶりの感覚だ。
俺達7区のランナー次第で、優勝が決まる重要なポジション。距離が最も長い1区に次いで、背負う責任が重い立場だ。
もちろん6区までの成績も重要だけど、その全てを活かせるかどうかは俺次第だから。
病み上がりの状態から、初の復帰戦という意味もあって少し緊張している。だけど俺は、ちゃんと冷静で居られる。
今日は美佳子が仕事で来られない。だけど俺達は離れていても、心の繋がりを感じられるから。
『明日は行けないけど、ボクも応援しているからね』
『うん、ありがどう美佳子。頑張って来る』
『テレビは観られるから、画面の向こうからエールを送るよ』
昨日の夜に行った会話が、俺に勇気をくれている。そして胸元に触れれば、首から下げたペアリングがそこにある。
美佳子と過ごして来た日々が、俺に与えた影響は本当に大きい。色々な学びを貰って、成長に繋げる事が出来た。
もし美佳子が居なければ、俺は今日この場所に立てていない。仮に立てたとしても、不安な気持ちを抱いていただろう。
今の様に、堂々としている事は出来なかった。2人で歩み始めた、本当の東咲人として今ここに居る。
そしてゴールには、和彦と夏歩も待ってくれているから。美佳子と沢山の友人達が、俺がゴールする時を待ってくれている。
11月の終わりに入って、肌寒い日が増えて来た。実際気温は低いけれど、俺の心は温かいまま。
メンタルが最高の状態を維持出来て居る所に、6区を担当する後輩が走って来るのが見えた。
「東先輩!」
「前野!」
流石というべきか、俺達美羽高校は1位で襷の受け渡しが出来た。ただし2位との距離はそれほど離れていない。
つまり俺が1位を死守出来なければ、美羽高校は優勝を逃してしまう。2位でも良いなんて、俺には全く思えない。
だって東咲人は、負けず嫌いだから。せっかく参加させて貰えた復帰戦で、負けて終わりなんてごめんだ。
ここで俺は復活を果たして、年明けの本戦に挑みたい。地区大会で結果を残せない様では、全国大会で優勝なんて不可能だ。
ここで良いタイムを出して、全国のアンカーを果たせる事を証明してみせる。俺はもう大丈夫だって、皆に示してみせる。
「はっ……はっ……」
体調は完璧で、気分も最高。ペース配分も想定通りで、体に異常は一切見られない。
追われる立場だけど、焦る必要は全くない。俺が普段通りの成績を出せれば、タイム的に優勝は十分狙える。
歴代のタイムを塗り替える程ではなくとも、近いタイムは出せているから。だから後はこのまま、俺がゴールテープを切るだけで良い。
視界を流れる景色を眺めながら、俺はただ前にだけ集中する。体は十分温まっていて、冷たい風が心地いい。
地元局のテレビ放送がどうなっているか知らないけど、きっと美佳子は観てくれているだろう。
完全に復活した俺の姿を、観ていて欲しい。一時は悲しませてしまったけど、もう俺は大丈夫だからさ。
「ふっ……ふっ……」
ペースを更に上げて、俺は先へと進み続ける。速度を上げた分、呼吸と鼓動が早くなっていく。
今俺が出せる限界までギアを上げて、最後のスパートに入る。ストライドを少しだけ大きくして、リズム良く足を動かしていく。
体への負担は大きくなるけど、その分速度は更に速くなる。しっかりと地面を踏みしめて、前方に向かって飛ぶように進んで行く。
ゴールとなっている運動公園が視界に入り、最後の力を振り絞る。公園内に入って、競技場の方へ向かっていく。
入場ゲートを通って、中に入れば最後のトラック走が待っている。歓声に迎えられた俺は、ラスト100メートルを走り抜けた。
後方からは全く人の気配がしていない。そして迎えたその瞬間、俺は堂々とゴールテープを切って足を止めた。
呼吸を整えながら美羽高校の皆がいる方に体を向ける。拳を突き上げた俺に、皆の歓声が届いた。
陸上部の描写をどこまで書くかっていうのは、少し悩んだ部分でした。なので今回こういう裏設定的な話も入れました。
陸上をやった事が無い人って、大体冬の駅伝ぐらいしか知らないのですよ。だけど実際には細かいのも含めると結構やっていますし、トラック競技の方の長距離走もあって。
ただそれを全部書いていたら、ラブコメからスポコンに変わってしまいますので。ゲロインのお姉さんとイチャラブする話から、だいぶ遠のくのでこういう形にしています。
ちなみに予選で7区を担当した選手が、本来はこっちを走る予定だったという設定もあります。そこまで掘り下げる必要がないかなと思って省きました。




