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第242話 2人の未来に向かって

 まだ日本ではあまり有名ではないけれど、婚約式というものが存在している。元々はキリスト教圏で信徒の方達がやっていた儀式だ。

 日本でいう所の結納と似ているけれど、婚約式の方はもっとカジュアルな式となっているらしい。

 アメリカなどでは教会だけではなく、バーやパーティー会場でやる事も珍しくないとか。


 それぐらいライトに行える式であり、結納よりは資金や時間も掛からず行えると美佳子(みかこ)から教わった。

 内容的に両親の顔合わせをする食事会に近いものなのだそう。高校生に過ぎない俺は、その辺りの事が良く分かっていなかった。

 退院してからその辺りを美佳子に教えて貰って、結納と婚約式のどちらをするか話し合って来た。


「やっぱり美佳子のお母さんなら、結納を望みそうだけど良いの?」


「良いの良いの! 仲人を用意するとか、他にも色々面倒だし」


「……美佳子が良いなら、それで良いけど」


 俺も美佳子もそれぞれ今は忙しいし、色々と手続きが多い結納ではなく婚約式をやる予定だ。

 俺達両方の家族と、友人達だけで行うちょっとしたパーティーだ。小規模なので金額も抑えられて、尚且つ正式な婚約を結ぶ事が出来る。

 ただ俺は婚約をするだけでも良かったのだけれど、美佳子がどうせなら式をやろうと提案した。


 やっぱり美佳子も女性だから、そういう事をやりたいのかな。想い出にも残るし、俺もその方が嬉しいから。

 ただそれまでに、婚約指輪を用意しないといけない。流石にその分の費用は俺が全額出すつもりだ。

 婚約式は美佳子が全額払うと言うから、婚約指輪だけは俺が払いたかった。美佳子に任せきりの彼氏にはなりたくないから。


「ホテルの人とは話がついているから、後は予定通り来年の4月10日に予約するだけだよ」


「俺が18歳になる日が、婚約する日になるんだよね」


「こう言うのはどっちかの誕生日にするのが定番だよねぇ」


 美佳子がそうしたいと言うので、俺はそれで構わないと答えた。改めて思うと、凄い事をしているなと思う。

 高校生の時点で、婚約者持ちになるのか。いやまあ……俺が言い出した事なんだけどさ。

 入院する事で決意が出来たというか、ちゃんとしておきたくなったから。将来結婚したという気持ちは、偽りのない本心だから。

 美佳子が居てくれたから、俺は今もこうして日常を送れている。だから俺を支えてくれる女性と、しっかり筋を通したいと思った。

 それを実現する為の婚約式は、後は美佳子がメールを送信するだけで決まる。だけど何故かマウスを握る美佳子の指は、先程から止まったままだ。


「美佳子? どうしたの?」


「…………()()()()()()? ボクの婚約者になっても」


「うん。俺は美佳子と、結婚したいと今も思っているよ」


 まだ少しの躊躇いがあるらしくて、クリックが出来なかったらしい。だから俺は美佳子の後ろに回って、美佳子の右手に俺の右手を重ねた。

 人差し指で美佳子の人差し指を軽く押し込み、ホテルの担当者さんへのメールは送信された。

 これで後は婚約式までに、必要な準備を進めるだけだ。俺は18歳になると同時に、美佳子と婚約を結ぶ。

 それから数年後にはなってしまうけど、この次は正式な結婚式を改めて2人でやろう。

 俺の誕生日に婚約式をするのだから、結婚式は美佳子の誕生に。その日までに俺は、やらないといけない事が沢山ある。


「これでもう未来のボクの旦那様だよ? これからもっと依存するからね?」


「それは俺も同じだよ。ただの彼女としては、もう見てない」


「うーーー咲人(さきと)ーーー!」


 ソファの上で美佳子に抱き締められて、されるがままにしてる。俺だって嬉しいから、そっと抱き締め返しておく。

 正式な婚約はまだ済んでいないけど、俺達は確実に恋人として先に進んだ。結婚をする事が前提となった、恋人以上夫婦未満の関係に変わる。

 ただお互いの事が好きで付き合っているだけではない、将来を約束し合った仲になるんだ。

 まだその実感は薄いけれど、美佳子がより特別な存在になったのは間違いない。少女の様に喜ぶ美佳子と、軽めのキスを交わした。

 こんな美佳子は、初めて見たかも知れない。それぐらい喜んでくれている。俺はその事実が、何よりも嬉しい。


「こんなに喜んでくれるとは、俺も思わなかったよ」


「当たり前だよ! ボクと結婚を約束してくれる人が、ここに居るんだから!」


「俺は今更美佳子と別れないから。家事が出来ないからって、見捨てないよ」


 俺はこれまでに、美佳子を捨てていった人達とは違う。家事が出来ないぐらいで、別れを切り出す様な価値観をしていない。

 これはそういった経験で心に傷を負った美佳子を、絶対に裏切らないとの宣言でもあるから。

 ガキの勢いに任せた告白じゃなくて、1人の人間として、1人の男として俺が決めた事だから。


 俺がこの女性を幸せにしてあげたいと、心から願った事は嘘じゃない。こんなに魅力的なのに、誰も要らないというから俺が貰った結果。

 女性の価値が家事と育児で決まるなんて、昭和の古めかしい思想だ。そもそも家事も碌に出来ない男性だって、正直どうなんだって俺は思う。

 やって貰う事を前提に、女性と結婚しようなんて甘くないか? 奥さんはお母さんじゃないだろうに。


「うん、ありがとうね咲人」


「結婚は待たせちゃうけど、絶対にするから」


「咲人が社会人になるまで、ボクは待っているよ」


 これは2人で話し合って決めた未来。俺達の結婚式は、俺が正式に社会人の身分になってから行う。

 だけど子供については、俺が20歳になる頃までに作る予定になった。俺が20歳になる頃、美佳子は35歳で高齢出産は避けられない。

 それよりも後になると、母体のリスクも子供のリスクも高くなる。ただ生殖能力については、俺が若いのでまだ少しマシだ。

 30代半ば同士で、子供を作るのではない。まあそれも高校生を卒業するまでは、どうにも出来ないけれど。

 だけど確実に前進したのは十分な成果だ。本日をもって、ヘビースモーカーで酒豪で汚部屋暮らしの魅力的なお姉さんが、俺の婚約者になる未来が確定した。

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