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第241話 予選を見守る側として

 県予選の当日になり、俺はいつも通り県の競技場に居た。今回は出場選手としてではなく、応援する側としての参加だ。

 中学時代から何度も来ている会場が、いつもと少し違って見えた。全国大会はともかく、県内の大会やインターハイの予選でも常に出場する側だった。

 こうして応援する側に戻ってみて、昔の事を思い出した。小学生の頃は、思う様に結果が出せずに負けた事も多かった。

 それが悔しくて、勝ちたくて辛い気持ちを味わった。その経験があったからこそ、俺は中学時代から成績が良くなり始めて、全国大会にも行く様になっていった。


「悪い柴田(しばた)、お前に任せる」


「任せてくれ」


「じゃあ、また後でな」


 今回は予選に出場が出来ない。けれど俺は部長だから、順番に出場する部員達に声を掛けていく。

 1区を走る柴田の次は、2区を走る拓海(たくみ)の下へと向かって行く。遠目に様子を見る限り、緊張しているのが良く分かった。

 やっぱりこうなっていたか。俺の懸念が的中していた。朝から予想していた通りの展開だ。


 拓海は昔から自己肯定感があまり高くないので、大会となると不安になってしまうのだろうな。

 実力とメンタルが上手くマッチしていない。そろそろ慣れてくれても良いと思うのだけど、中々性格ってのは簡単に変わるものでもない。

 でもだからって、見捨ててしまうのは違うよね。俺が良く知っている後輩を、勇気づけてこそ先輩だろう。


「拓海、もう少し落ち着けない?」


「あ、(あずま)先輩! 俺、ちょっと……不安で」


「大丈夫だって。良いタイムが出せているって、分かっているだろ?」


 失敗したらどうしようとか、上手くやれなかったらどうしようとか。そういう事をどうしても考えてしまうのが拓海だ。

 その気持ちは、俺も分からない訳じゃない。1年の時には俺だって、皆の期待に応えられるかどうか悩んでいた。

 だけどその悩みについての答えを、俺はもう知っているから。1年の夏に美佳子(みかこ)が教えてくれた事。

 今でも覚えている。俺はあの言葉を貰えたお陰で、余計な事を考えずにただ走る事が出来たから。

 俺の場合は美佳子に助言を貰えたからって、分かり易い部分も大きいけれどさ。それでも、決して無意味ではない筈だ。


「皆の期待に応えられるかなんて、考えなくて良いからな」


「……え? でもそれじゃあ」


「それぐらいで良いんだよ。深く考えずに、自分の走りに集中していれば良い」


 じゃあ本当に上手く行かなくて、負けてしまったとして。それで責任なんて高校生には取れない。

 俺達に出来る事なんて、せいぜい皆に謝るぐらいだ。大会をやり直させるだけの権力なんて無い。

 スポンサーからお金を貰ったのではないし、貰った金品がある訳でもない。ただそれだけの話だ。

 そんなどうしようも無い事で悩んでいても、良い結果なんて着いて来ない。それを俺は、美佳子に教えて貰った。

 余計な雑念は捨ててしまって、自分の走る区間に集中していれば大会なんてすぐ終わる。案外そんなものなんだよな結局は。


「は、はぁ。そうなんですかね?」


「まだ納得いってないか? なら拓海のせいで負けたら、ラーメンでも奢って貰おうかな」


「ええ!? そんなぁ」


「でも区間3位までに入れたら、俺が奢ってやるよ」


 これぐらい規模が小さくて普通で、日常的な内容にしてしまった方が、拓海には良いかも知れないな。

 頭の中で浮かんでいる不安よりも、今出来た先輩と後輩の賭け事に集中していれば良い。

 この方が学校で練習している時みたいで、落ち着いて走れそうだ。拓海って結構そう言う所があるからね。


 それから順番に声を掛けて回って、一哉と共にスタートを見守りに行く。もうそろそろ男子の予選が開始される時刻だ。

 先に全国行きを決めた女子達は、競技場の観客席で澤井(さわい)さんと楽しそうに会話していた。

 男子部員が集まっている位置に向かい、スタート地点に居る柴田に手を振る。リアクションを見た限りでは問題無さそうだ。


「そろそろだぞ咲人(さきと)


「何か、男子の駅伝を一哉(かずや)と応援するのは新鮮だな」


「ああ、そっか。これが初か」


 暫く待っていたら、開始5分前のアナウンスが流れた。トラックに集まっている選手達は、誰も彼もが真剣な表情を浮かべている。

 なるほどスタート地点での空気は、こんな感じだったのかと知る事が出来た。いつも通りなら、この時間には既に会場の外にいた。

 既に終わった女子の方は華やかな印象を受けたけど、男子の方はちょっとむさ苦しさがあるな。

 そんな事を思うのは、ちょっと失礼かも知れないけど。何だかんだと一哉と話している内に5分が過ぎ、遂に男子の予選がスタートした。

 先行逃げ切りの戦法で行くだけあって、最初からハイペースな柴田がトップに踊り出た。


「っしゃあ! ナイス!」


「流石は柴田だなぁ」


 競技場のトラックを、柴田が1番に飛び出して行く。後は経過を見守りながら、アンカーが戻って来るのを待つだけだ。

 3年生が抜けた今の俺達は、果たしてどこまでやれるのか。その答えがこの予選で出るだろう。

 今日までの練習で、俺達美羽(みう)高校は結構良いタイムを出せている。きっと1位で帰って来ると思うけど、まだまだ油断は禁物だ。

 他の高校にとんでもない選手が居る可能性だって、まだあるのだから。俺は一哉と共に中継を通して、柴田が走る様子を見守る。


 ぐんぐんとリードを広げていき、2位との差はかなり開いている。こちらのペースに付き合うつもりが無いのだろう。

 2区以降にエースが居る高校なら、多少の差が開いても取り返す事は出来るから。その場合は苦戦を強いられる。

 結局柴田はトップ独走で、2区のスタート地点へと到着。拓海も見た限りが大丈夫そうな様子で、走る姿に違和感は全くない。

 これはラーメンを奢ってやる事になるかも知れない。そのまま大会は順調に進んで行き、無事に美羽高校は1位で予選を通過した。

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