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第237話 東咲人の料理動画②

 東咲人(あずまさきと)は事故の影響で、まだ激しい運動が出来ない。当然ジムも休むしかなく、自主練習もやらなくなった。

 ではその浮いた時間をどうしている? その分を美佳子(みかこ)との時間に回す? 恋人と2人でイチャラブする? 

 彼だって男の子なので、それも全くないとは言わない。だが咲人が選んだ道は、料理のスキルアップだ。

 入院する前までにアップした幾つかの動画は、美佳子の狙い通り主婦層を中心にそれなりにウケていた。

 コメントで貰ったアレンジ等を見て、咲人は更なる高みを目指して腕を磨く。無料で色んな意見を貰える場として、有効に活用する事が出来ていた。


「最近ちょっと入院していたので、時間が空いちゃいました。すいませんでした」


 ちょっと慣れ始めて来た料理動画の作成は、1ヶ月ちょいの空白期間を空けて再開された。

 今回動画として作るのは、関西風のお好み焼きだった。これは事故に遭って、母親の事を強く意識させられた結果だ。

 東翔子(あずましょうこ)が作っていた、懐かしい味付けの料理を動画に残したい。母への感謝も込めた記録として、咲人は投稿する事に決めた。


 美佳子の配信を観て来た咲人は、ネット上に誰かとの想い出を残す意味を知る事が出来た。

 これまでに美佳子が積み重ねて来た、リスナー達との楽しい日々。田村美沙都(たむらみさと)が、ずっとファンをやって来た想い。

 それらに触れた咲人が選んだ、彼なりの母親への親孝行。もう二度と会えなくても、感謝している気持ちは変わらない。


「母親が関西の人だったので、味付けや作り方は関西のやり方です」


 お好み焼きの作り方には、大きく分けて広島風と関西風の2種類がある。この2つで大きく違う所は、具材を入れるタイミングだ。

 広島風は先に生地だけを焼いてから具材を入れるが、関西風は生地に具材を混ぜて一緒に焼く。

 広島風にも幾つか派生があり、府中(ふちゅう)焼きや三原(みはら)焼きなどの作り方に細かな違いが存在する。


 関西風も同様でモダン焼きや京風(きょうふう)、ねぎ焼きや神戸風とそれぞれに微妙な作り方の違いがあった。

 今回咲人が選んだのは、母親である翔子が良く作ってくれていたスタンダードな関西風だ。

 しかしオリジナルの部分もあって、卵を2つ使った目玉焼きを上に乗せる。潰れて流れ出た黄身と、ソースが混ざり合って濃厚さが増すのが特徴だ。


「美味しいんですけど卵を沢山使うので、コレステロールが高くなってしまう欠点があります」


 咲人が子供の頃に母親が作ってくれた想い出や、祖母から詳しく教わったエピソードも交えつつ生地の用意を進める咲人。

 美佳子の影響からか、ただ作り方だけを話すのではなく雑談も挟むスタイルで咲人は動画を撮影する。

 料理が得意な咲人は調理中でも余裕があるので、あまり緊張する事もなくスラスラと会話が可能だった。

 これが駅伝大会のインタビューだと、これ程会話が上手く出来ない。美佳子の家で家事代行を続けて来た成果が、こういう所に出ていた。

 些細な変化かも知れないが、咲人は確実に成長をしている。篠原美佳子(最愛の人)との出会いは、間違いなくプラスに働いた。


「お好み次第で目玉焼きじゃなくて、チーズを乗せるのもありかなって思います。アレンジは色々出来ますね」


 とろろを乗せるパターンや、生地にカレーパウダーを混ぜるアレンジ等も紹介する咲人。

 動画の為に複数作ったアレンジ版の数々は、父親の胃袋に収まったり美佳子へのお土産になったりする。

 10種類ほどの完成版を見せつつ、本命の母親バージョンの製作を進めていく。お好み焼きの調理はシンプルであり、それほど難しい作業はない。


 ただふんわり仕上げる為に長芋を混ぜるなど、細かな拘りは地域や家庭によってそれぞれ変わる。

 咲人が教わった拘りポイントは、ホットプレートの温度だ。お店で焼くお好み焼きは、業務用の鉄板なのでかなり熱伝導率が高い。

 対してホットプレートは、そこまで高くならない。その違いを少しでも埋める為に、蓋をして先ずホットプレートの表面温度を上げておく。

 焼く時は油をケチらずたっぷり引いて焼き上げる、それが咲人の作る母親のお好み焼きだった。


「どうやってもお店と同じにはなりませんが、意識しておくと結構違いますね」


 完成したお好み焼きを一旦皿に移して、その後から追加で作った目玉焼きを乗せて完成だ。

 目玉焼きを最後に作る事で、少しお好み焼きを冷ませる点も重要なポイント。ソースを掛けた後に、青のりと鰹節を乗せる。

 ヘラで4等分にすると、漏れ出た黄身とソースが混ざる。良い感じに美味しそうな絵が取れた所で、料理動画は締めの段階へ。


 材料や焼き方などのおさらいを纏めて、動画の撮影は終了した。後は観やすい様に字幕等を付けて、サイトに投稿すれば終了だ。

 美佳子と比べれば大した再生数ではないものの、少しずつ咲人の動画は再生数を伸ばしていく。

 母親に感謝をしている料理上手な高校生男子というのが、世のお母さん達に刺さったのが大きな要因だった。


「よし、もっと頑張ろう」


 好意的なコメントやアドバイスを貰って、咲人は更に料理へのモチベーションを上げていく。

 トレーニングに時間を割けないという辛さを、料理に向ける事で負の感情に染まらない。

 無意識だったが自ら上手くメンタルをケアし、咲人は日々を過ごして行く。悲しい事故が生んだ未来は、確実に咲人の成長へと繋がっている。

 咲人がこれまでに育んで来た彼なりの前向きさ、それは馬場和彦(ばばかずひこ)のモノとはまた違う。模倣から手に入れた、東咲人のメンタリティ。

 そしてそれは、美佳子にも影響を与えていく。心を痛めた分だけ、2人が歩む道はより確かな在り方を形成していく。

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