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第233話 部長と副部長

 退院したとは言っても、俺に許されているトレーニングは少ない。阿坂(あさか)先生の監視下で、校門前の1kmコースをウォーキングするだけ。

 せめて2周ぐらいはと言ってみたけど、却下されてしまった。退院して数日では、流石に無理のある提案だったか。

 残念だけど、ある程度の納得はしている。今ここで焦って無理をしても、良い結果にはならない。

 病院のベッドに逆戻りでは、何の意味もないから。冷静さに欠いていては、本当に大切な物を見失ってしまう。


 俺が目指すべきは、冬の本戦で優勝をする事。今すぐどうこう出来る事じゃない。予選は正直、メンバー入りは難しいと思う。

 だけどそれは仕方がない事だ。明らかに時間が足りていない。今年の県予選は、10月下旬に行われる。

 来月から調整したって、2ヶ月のブランクが埋まるかどうか。俺は回復力が高いらしいけど、それでもかなり厳しい。


「よし(あずま)、そこまでだ。体に異常はあるか? 気分はどうだ?」


「問題ありませんよ」


「ならば良し、戻って良いぞ」


 いつもはこんな少しの運動じゃなくて、ガッツリ走り込みをしていたのに。全然走れていないから、凄く変な気分だ。

 早く思いっ切り全力で、10kmを走りたいよ。きっとタイムはかなり落ちていだろうけど。

 2ヶ月も走れないなんて、今までに経験がないから落ち着かない。やっぱり俺、マグロかも知れない。


 死にはしないけど、ストレスは凄い。今日は家事代行が無いけど、美佳子に会って癒して貰おう。

 最近ちょっとだけ、甘えるという事が出来る様になって来たから。多分きっと、葉山さんが言っていたのはこう言う事なんだな。

 とかそんな事を考えながらグラウンドに戻る途中で、コソコソとしている見慣れた男が居た。


「おい、副部長がサボるな」


「なんだよ咲人(さきと)か。ちょっと喉が渇いてさ、お前も付き合え」


「はぁ……少しだけだぞ」


 副部長という立場になっても、一哉(かずや)は普段と変わらない。ただコイツはこう見えて、後輩の面倒見が良い。

 サボっている後輩を見掛けたら、一緒に混ざって雑談をする。だけどその後には、ちゃんと練習に戻らせていた。

 そういう所が一哉のモテに繋がっているのだろうな。相変わらず生き方が上手いなと、つくづく感じさせられる。

 人たらしって言葉は、コイツの様な人間の事を言うのだろう。和彦(かずひこ)とはまた違ったリーダーの形を見せている。

 澤井(さわい)さんはああ言ってくれたけど、俺と一哉は立場を逆にした方が良くないか? こいつの方が向いていそうだけど。


「なぁ一哉、なんでお前が部長にならなかった?」


「は? そんなの当たり前だろ。部長をやるならお前だ」


「……そう言われても、ピンと来ないんだけど」


 皆がこうやって、俺が一番合っていると答える。後輩達も一切文句がない様子だ。俺って何かしたのかなぁ?

 そりゃあ大会で成績を出してはいるけど、俺にとってそれは当然の事。出るからには全力でやるし、そもそも出場だってしたい。

 だから俺は自分に課した目標とノルマを、いつも淡々とこなしているだけ。でもそれは皆がやっている事で、特別な事じゃない。

 同じ部活の仲間でありライバルでもあると思って、皆に負けない様にと努力を続けて来た。

 だけどそれってアスリートなら当たり前で、部長の適正とはまた違う気がするし。疑問を浮かべたままの俺に、一哉は賄賂だと言って缶のサイダーを渡して来た。


「俺はさ、咲人が陸上を辞めなくて嬉しかったよ」


「え? な、何で?」


「本当にコイツは陸上が好きなんだなって、お前を見ているといつも思ってた」


 初めて聞いた一哉の想いに、俺は言葉に詰まった。そんな事を思っていたのかと、驚きの気持ちが大きい。

 だってそんなの、皆同じじゃないのかと伝える。しかし一哉は、お前ほどストイックな奴は他に居ないと言って来た。

 それがお前を皆が部長に推薦した理由だと言う。俺は今まで気にした事が無かったけど、皆はそんな風に見ていたのか。

 いやまあ、確かに俺は陸上バカだけどさ。陸のマグロかよって、さっきも考えていた所だし。

 だけどそれは、俺だけじゃないと思っていた。でもどうやら、そうではないらしい。


「咲人を見ているとさ、俺も頑張ろうって思える。他の奴らも、きっとそうだ」


「そ、そんな大袈裟な」


「本気でそう思っている。だからお前は、いつも通りにしていれば良い」


 何だかいつも以上に、一哉が滅茶苦茶格好の良い奴に見えた。きっと女子と2人の時は、こんな感じなのだろうか?

 ただでさえ顔が良い癖に、こんな雰囲気まで出せるならモテて当然だ。そしてやっぱり、一哉と仲良くなれて良かったと思った。

 付き合いは和彦ほど長くはない。だけど同じぐらい、親友だと俺は思っている。入院中も頻繫に来てくれていたし……ん?

 入院中……あ、そう言えば! 一言物申さねばならない事があったのを、今思い出した! 退院したら絶対に言ってやろうと思っていたんだ。


「話は変わるけど一哉、最後のお見舞いでエロ本を病室に置いて行っただろ!」


「え、だって必要かなって。あの病院フリーWi-Fiもないし、お前もだいぶ治って来てたから」


「いやそうだけど、そうじゃなくて! あの後大変だったんだぞ!」


 俺が入院中、一哉は適当に漫画雑誌を紙袋に入れて持って来てくれていた。それは嬉しかったけど、最後のお見舞いでやらかしてくれた。

 漫画雑誌と一緒に、エロ本が入っていたのだ。気付いていなかった俺は、そのまま放置し美佳子が来てしまった。

 移動させようと美佳子が紙袋を手に取り、俺も知らなかった中身が発覚してしまう。あの微妙な空気は酷いものだった。


 卒業するまで我慢させてごめんねと謝られた。違うんだって、弁明したけど信じて貰えず。

 ただ一点だけ褒める所があるとすれば、表紙の女性が美佳子に似ていた事だ。そこだけはナイスだと思った。

 あれだけは本当にもう、感謝しかない。美佳子に似ているセクシー女優さんの名前を、俺は二度と忘れないだろう。

普段はお茶ら気キャラだけど、めっちゃ良い奴なチャラ男が好きなんですよ私はってお話でした。

書くか迷って書かなかったのですが、恋愛経験が不足している咲人君と違って一哉は澤井さんの想いに気付いています。

だから密かに想い続ける道を選んだ澤井さんに対して、ジムの帰りに「澤井って重くね?」と発言して怒られるといういつもの漫才をしています。

書くにしても教室の隅SS集行きかなぁとか思っています今の所は。

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