第232話 美佳子と二度目の誕生日
家事を終えた俺は、美佳子と2人だけの誕生日会をしていた。先日33歳となった美佳子は、全く老いを感じさせていない。
むしろより大人の魅力が上がっているというか、ここ最近のアレコレもあってより一層素敵な女性に見える。
やっぱりこの人が好きだなと、心から思う事が出来ていた。そんな事も考えつつ、俺が作った料理をテーブルに並べる。
チキンナゲットやミートボール、イカリング等の主菜と副菜を色々と盛りつけたオードブル。
色んなバリエーションを用意したホットサンドに、オニオンスープと全て結構な自信作だ。
当日に祝えなかった悔しさをバネに、張り切って作った品々。味の方もしっかりと気合を入れて作っている
「おお、これはまた豪華だねぇ」
「一杯作ったよ。あ、あと豆腐サラダもあるから」
「どれから食べようか迷ってしまうね」
キッチンに置いてあったサラダボウルから、レタスを拝借しようとしていたマサツグを確保。
人間用のドレッシングがついた野菜を、ペットに食べさせる訳にはいかない。健康に悪影響が出てしまう。
仕方がないので追加でレタスを少し野菜室から取り出し、マサツグ用の器に入れてに渡してやる。
ここからは誕生日会が始まる。今日は美佳子を祝うのだから、飲み過ぎがどうこう言うつもりはない。
ビール専用の冷蔵庫から取り出した、美佳子用のちょっと良い缶ビールを持ってリビングに戻る。
待ちかねたと言わんばかりの美佳子に、缶ビールを渡して乾杯をする。俺の分はただのコーラだけど。
「改めて誕生日おめでとう、美佳子」
「そろそろボクの誕生日とか、別に良いんだけどねぇ」
「誕生日は大事だよ、はいコレ」
今年の俺が選んだ誕生日プレゼントは、ちょっと良いシステム手帳だ。美佳子が元々使っていた手帳は、そろそろ痛みが目立っていた。
新調するには丁度良いかなと思って、今年は実用性を優先してみた。フラワーアレンジメントなんかも考えたけど、マサツグが遊んじゃいそうだし。
それに美佳子が花の世話を面倒くさがりそうだ。高校生が背伸びをしている様には見えない範囲で、尚且つそれなりの価格で。
夏休みの後半を全く遊べなかったから、2万円のシステム手帳を買っても余裕があった。
美佳子の資金力を思えば、これでも全然安いとは思うけれど。でもこれ以上の価格帯に行くと、美佳子が遠慮しそうだし。
「……ボクってさ、咲人に貰ってばっかりじゃない? 大丈夫?」
「え、そんな事ないよ。貰っているのは俺の方だよ」
「でも、入院中も碌に何も出来なかったし……」
「え? あんな頻繫に来てくれていたのに?」
うん? あれ? 美佳子は何の話をしているのだろう? 俺はいつも、美佳子から色んな物を貰っている。
俺が立ち直れたのだって、美佳子の影響はとても大きい。だと言うのに、何をそんなに気にしている?
もっと自信満々で良いぐらいなのに、どうにも空気が少し重い。何だろう? 美佳子は何を考えている?
俺が知らない間に、美佳子は何か悩んでいたのかも? こう見えて美佳子は、悩みを抱え込む傾向があるからなぁ。
勢いで告白してしまった時だってそうだった。また俺が気付いていない所で、何かが起きていたのだろうか?
「だってほら、咲人の着替えを洗ったり出来なかったし」
「へ? 頼んでないよね?」
「えと、その、リンゴを切るとかも出来なかったし」
「美佳子が包丁を持つのは、不安だから止めてね?」
どうにも自分にそういう事が出来なくて、美佳子は落ち込んでいたらしい。似た様な例を色々と挙げているけど、その全てが俺の望んだ対応じゃない。
俺は美佳子が側に居てくれれば、それだけで嬉しかった。ただ手を握ってくれるだけの事が、どれだけ有難かったか。
孤独では無かったから、耐えられた面は大いにある。父さんは立場上、仕事が休めず来られない日が多かったし。
美佳子が居なかったら、独りの時間はもっと多かった筈だ。そういう意味でも助かっていたよと、俺が感じていた事の全部を明かした。
だって今更そんな事で、悩んで欲しくない。俺がそんな事を気にするタイプなら、こうして一緒に居ないから。
「俺は言ったじゃない? 家事が全滅でも貴女が良いって」
「そ、それは、そうだけど」
「そんなの美佳子は気にしなくて良い」
俺が好きになったのは、色々と残念で普通出来る事が出来ない女性。整理整頓なんて出来なくて、自分の下着すら適当に放置する人だ。
ゴミの処理は下手くそだし、ゴミの日すら把握していない。手近な紙袋で汚れを拭いたら、適当に投げ捨てる。
床がぐちゃぐちゃでも気にする事はなく、普通に生活を出来てしまう貴女だ。何なら数回ゲロまで浴びている。
それでも俺は、美佳子が好きだ。そんな所も含めて尚、魅力的な女性だと思っているんだ。
そんな普通の女性みたいな事が出来ないからって、悩む必要なんてないんだよ。何故ならきっと、俺も普通じゃないみたいだし。
「俺は今更美佳子に、普通を目指して欲しくない」
「……え?」
「普通の女性みたいな美佳子なんて、俺は望んでないよ」
何でそうなった? と突然思わされる様な破天荒な美佳子が良い。言っても無駄だから、もう好きにさせてあげよう。
そう自然と思えるぐらいに、滅茶苦茶な人で居てくれて良い。美佳子に出来ない事をやるのが俺の役目で、俺に出来ない事をやるのが美佳子で良いじゃない。
カップルとしては変かも知れないけど、俺達はこれで良いと思う。俺が和彦の真似を辞めたのに、美佳子が普通の仮面を被り始めたら意味がないじゃないか。
だから美佳子はこれで良いんだよ、予想も出来ない事をやってくれる人のままで居て欲しい。
その方が美佳子らしいし、余計な無理はしなくて良い。そう伝えたのは俺だけどさ、だからって歓喜のあまり泥酔配信は違くない?
明日の朝、道端に倒れていないか早めに家を出て確認しよう。それで良いんだけどさ、そうじゃないんだって。
ああでも、この滅茶苦茶に振り回される感じがとても美佳子らしい。だから良いんだよって、思ってしまう俺がいるんだよね。




