第230話 澤井朱里
私が彼を知ったのは、中学時代の駅伝大会だった。物凄く顔がカッコイイって訳じゃないけど、結構カッコイイ方で。
それ以上に爽やかで優しそうな雰囲気が、ちょっと良いかもしれないと思った。穏やかそうな空気って言うのかな?
きっと性格も良いのだろうなぁと思ったけど、他校の生徒だからわざわざ声までは掛けなかった。
それだとナンパみたいだし、何かそういうのは違うかなって。別に恋までした訳じゃなくて、良いなって思った程度だった。
中学を出て高校に進学したら、1年目から同じクラスに彼が居た。東咲人君という男子生徒で、やっぱり話してみたら想像通りだった。
「澤井さんって、結構激しい音楽好きなんだね?」
「え? 変かな?」
「ううん、変じゃないけど意外だなって」
適度な距離感を守りつつ、でも冷たくもなくて。心地良い優しさを持った男の子だった。
彼と仲が良い坂井君だと、ちょっとグイグイ来すぎかな。女子慣れしている所が、ちょっと警戒してしまう。
私だってそれなりに恋愛経験があるから、信用出来る相手かどうかぐらいはしっかりと見る。
イケメンなら良いなんて、とてもじゃないけど思わない。そもそも高校生にもなったら、そんな女子は殆どいない。
顔だけの男の子なんて、全然良いとは思わない。そんな中で東君は、少し他の男子と違っていた。
いやらしさが無いと言うか、必死さを感じない。女子が苦手って感じでもなくて、たまにちょっとエッチで。
「東君ってさ、やっぱりあのお姉さんが好きなの?」
「えっ!? 違う違う! そうじゃないから」
「ふーん、そうなんだ」
絶対好きじゃんって、思うけど口には出さない。やっぱりそうなんだなぁって、納得しかないから。
だってあんなにとんでもない美人が近くに居たら、私達女子校生なんて興味を持てないだろうから。
元から感じていた彼が持つ他の男子との違い、それは女子への興味だった。恋愛対象じゃないから、当然性欲も向かない。
だから嫌らしさも出ない。恋愛対象が大人だからこそ、彼もまた大人っぽい所がある。
それがまた良い所であって、魅力でもあって。去年の文化祭前後には、東君のファンが一気に増えた。
だけど残念、彼には篠原さんが居る。先に目を付けたのは私なんだけどなって、思わなくはないけど。
「最近どうなの? 篠原さんとは」
「どうって言われても……順調? かな」
「良いな~東君は恋人が居て」
東君の良い所を象徴しているのが、恋人を自慢して回らない所。美人なお姉さんと付き合っているのに、学校では全然言い触らさない。
普通の男子だったら、誰と付き合い始めたってすぐ自慢するのに。キスをした事とか、内緒にしてと頼んでも自慢する。
勝手に交際中のアレコレを、友達に共有してしまう。女子と違って仲の良い相手だけじゃなくて、口の軽い相手にも平気で話す。
最悪の情報をバラされた女子だって、中には居るぐらい。どうしてあんなにデリカシーがないのだろう?
男子って本当に不思議だよね。その点東君は、デリカシーの面でも優れている。気遣いが上手というか、対応がとてもスムーズ。
頭が良いというよりも、人が良いって感じかな。そりゃあ篠原さんみたいな、大人の女性でも射止められるよ。
料理も得意だし、家事全般が上手いらしいし。だからこそ東君は、学校でも人気がある。
大人の美女と付き合っているという事は、それだけ男性として魅力的で優れている証だから。
恋人のスペックが高いというのなら、当然その相手も釣り合うだけの高いスペックを持つ証明だよね。
ただ相手があまりに爆美女過ぎて、挑戦しようと思う女子が居ないだけで。そしてそれは、私だって同じだ。
「俺が部長かぁ。大丈夫かなぁ?」
「東君なら大丈夫だよ。凄く頼りになるし」
「俺が? 頼りになる様な出来事あった?」
東君の悪い所が1つあって、自分の能力に疎い所。陸上とか得意な事に関しては、結構自信満々にしている。
だけどそれ以外については、あまり自覚していない。かなりの優良物件だって、彼は気付けていない。
もう専売契約済みではあるけどね。頼りになって優しくて、色んな事が出来てオシャレもバッチリ。
最近色々あったからか、またちょっと大人っぽくなった。超美人な彼女が居なかったら、今頃争奪戦になっていたよ。
事故に遭って疲弊していた時なんて、物凄く何かしてあげたかった。だけどそれは、私には出来ない事だから。
無難で平凡な、どこかで聞いた様な言葉しか出て来なかったよ。でもきっと、篠原さんはそうじゃないと思う。
「俺にリーダーをやる様な、カリスマ性とか魅力なんてないけどなぁ」
「……あるよ、魅力なら。東君は、とても魅力的だよ」
「………………えっ? あの、澤井さん?」
彼が好きなのは私じゃない。東咲人君は、篠原美佳子さんが好き。それも見る限りかなりの強い想いを持っている。
だから私は身を引いた。諦めたつもりで、友達として接して来た。ただのクラスメイトで、ただ部活が同じなだけ。
他の男子よりも、少しだけ仲が良い相手というだけ。そう思っていたけれど、諦める事が出来なかった。
ちょっと良いなと思っていただけの筈が、とてもそれだけでは収まってくれなかった。
結局私は、東君を好きになってしまっていたよ。そんな簡単に、恋心をコントロール出来なかった。
「東君が人として魅力的だって、私は知っているよ」
「あ、ありがとう?」
「凄く頼りになる人だよ、東君は」
東君が篠原さんと、結婚したいぐらい好きだって知っている。お互いに想い合う良い関係なのも見ていて分かった。
だけどせめて、これぐらいは譲って欲しい。同じ部活の仲間として、同じ部長になった者同士として。
病室では何もしてあげられなかったけど、学校で東君の後押しをするぐらい私がやりたい。
せめて東君の人生の中で、私が何か影響したって思い出だけでも残ったら良いなって思う。
この伝える事のない気持ちを、密かに抱えて過ごしている。だからそんな我儘ぐらいは、許されても良いよね。
書いていたら後書きがとんでもない長さになったので、活動報告『カスカスお姉さん230話と新作候補』にまとめました。
澤井さんは負けヒロインではないと言う話と、先日から言っていた次回作候補の最新作についての詳細を書いております。
そして本日公開の次回作候補、『浮気クズ夫に捨てられた元ヤンギャル系お姉さんが魅力的過ぎる【短編版】』とノクターンにて『浮気クズ夫に捨てられた元ヤンギャル系お姉さんが魅力的過ぎる【微エロ版】』を投稿しております。
これ下手したら運営さんから怒られるのでは? と思ったので最初に書いていたバージョンは【微エロ版】としてノクターン行きにしました。
もしよろしければ、新作候補の方もよろしくお願い致します。




