第228話 園田マリアの活動再開
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その日の朝、園田マリアのSNSが更新された。今日から活動を再開しますと宣言されて、心配していたファン達は大いに喜んだ。
期間にして大体2週間ほどの休止だろうか。喜ぶファン達へも反応を示し、いつもの空気に戻りつつあった。
事情の説明諸々を含めて、今夜の配信で話すと投稿された。それを見たファン達は、時間が来るのを待ち続けた。
またご心配をおかけしましたとの謝罪も、しっかりと行われた。そして待ちに待った配信枠、夏休み終盤戦に差し掛かった8月24日の21時。
久し振りに園田マリアの配信が始まった。期待が高まっていた事もあり、開始時点で同時接続数は8千人を超えていた。
「本当にご心配をおかけしました。ごめんね皆、ちょっとボク病んじゃって」
『かまへんで』
『むしろたまには休んでくれ』
『病気とかじゃ無くて良かった』
『急だったから声帯でもやったのかと』
『配信者って急病が珍しくないしな』
配信者はどうしても、配信が生活の中心になってしまう。そのせいで不健康な生活が続いたり、無茶な生活が続いたりする。
結果として何らかの体調不良を起こしてしまう事も。代表的な例で言えばポリープ等の症状や、プレッシャーから精神的な問題を抱える事がある。
それらは人気者であれば有る程に起こり得る話で、何かがあった場合にはそれらの心配をしてしまうのはファンとして当然の心理だ。
尤も今回は美佳子自身の問題ではなく、咲人に不運が訪れた結果だが。もちろん美佳子のトラウマも、まだ完全に消えた訳では無い。
それでも咲人本人や田村美沙都、竹原沙耶香とのやり取りのお陰でかなり緩和されていた。
「実は彼氏がボクを庇って事故に遭ってさ。もう死んじゃうかと思ってボロ泣きしてね」
『急に衝撃的な話やめてくれん?』
『映画の話してる?』
『え、そんな事ある?』
『いやでもまあ、現実でもたまにあるよな』
『子供を庇って先生がとか、あるにはあるか』
突然の告白にコメント欄がざわつき始めるものの、作り話ではないと分かると徐々に落ち着き始めた。
個人が特定出来る様な説明は可能な限り避けつつ、ある程度当時の状況をぼかしつつ語る美佳子。
報道では咲人が美佳子を庇った話は、特に触れられていない。それよりも犯人が他に起こしていた、複数の強盗殺人事件に注目が集まっていた。
近年稀に見る暴力的で悪質な犯行と、逃走先で起こした飲酒運転と轢き逃げ。世間んでは犯人の重い処分を望む声が多い。
未来ある若者ながら被害に遭った咲人は、一時期話題になった。咲人の父親である東明宏は、取材の際に静かな怒りを顕わにした。
しかしそれ以上に強盗殺人の方が残虐性が高く、被害者遺族の悲しみに報道陣は注目している。
それらの事情を知らないリスナー達は、生々しい話を聞いてそりゃあ病みもするわなと納得を示していた。
誰だって恋人や身内が、事故で死に掛けたら平静では居られない。余程の中二病か逆張りでも拗らせていない限りは、美佳子の言い分に共感する事が出来る。
彼氏が死ぬかもしれない苦しみは、あまりにもリアルで悲痛だった。そして美沙都が言っていた様に、それで怒る様なリスナーなど居なかった。
「本当にごめんね。久しぶりに病んで休んじゃった」
『それ彼氏が庇って無かったら、マリアが死んでたかもやろ?』
『マジで彼氏がGJ過ぎるやろ』
『ナイス漢気! 彼氏君に乾杯!』
『待ってマリアの彼氏神過ぎん? 二次元じゃないよね?』
『どこでそんな彼氏見つかるの?』
これまでの配信で判明している咲人の情報から、話題がマリアの彼氏に移っていく。料理が出来て掃除洗濯も出来る。
体育会系で可愛さもある爽やか系の年下男性。最強汚部屋Vtuberの園田マリアでも、受け入れてくれる。
何ならわりとゲロも吐くゲロイン属性まで保有。それでも平気だという彼氏に、今回の件でリスナー達の中で咲人は超人扱いされ始めた。
どれだけ凄い男なのだろうとか、そんな人間が実在するのかとか。様々な議論にまで発展する。
しかし先程の話があまりにリアルだったので、エア彼氏説はすぐに消えた。そもそも咲人は実在するので、エアでも妄想でも無いのだが。
「33年近く生きて来て、漸く出会えた人だよ? どこにでも居る様な人とは違うよね」
『え、何急に? 喧嘩か?』
『シレッとマウントを取るな』
『どうも、どこにでも居る様な人です^^』
『病んでたからって、流すと思うなよ?』
『マリアだけズルくない? 責任取って女性リスナー向けの合コン開いてよ』
美佳子が辛い経験をした話をただ披露しただけでは、暗いだけのお通夜配信になってしまう。
それを防ぐ意味もあり、自身のトラウマを乗り越える意味も込めて明るい方向へ転換する。
いつも通りの煽り合いが始まって、配信の空気がいつも通りに戻っていく。そしてそれは同時に、美佳子と咲人を癒す結果にも繋がる。
暗い雰囲気に包まれたままでは、精神もそちらへ引っ張られてしまう。そういう時こそ、楽しい気持ちになる事が重要になる。
どこかで気分転換をするだけで、前向きな気持ちになれる確率が上昇していく。そして現代の日本においては、配信というのは結構向いているだろう。
配信をするにしても観るにしても、明るい空気に触れる事が出来るコンテンツだ。推し活が人気なのも、そう言った側面があるからかも知れない。
「女性リスナー向けの合コンかぁ~~ちょっと面白いかも?」
『あの、男性の方は……?』
『え、それってワイらも参加してエエの?』
『マリアの女性リスナーって絶対陽キャだろ』
『俺達じゃあ無理無理カタツムリ』
『男性の方も頼む! 頼む!』
この時はまだ、美佳子の中でハッキリとしたビジョンは生まれていなかった。それだけの精神的な余裕が無かった。
しかし咲人が退院して日常が戻り、美佳子のトラウマも解消された頃にこのやり取りが実を結ぶ。
直接会う様な形の合コンではないものの、リスナー達のマッチング企画が新たにスタートする事になる。
園田マリアの結婚相談所というタイトルが付けられたその企画は、意外にも結構な人気を見せて定番化する事になるのだった。




