第225話 東咲人のスタート地点
一昨日の準決勝を見事に逆転ツーランで決めてみせた和彦は、本当に皆のヒーローだった。
あの勝つか負けるかが両肩に重く乗っかった状況で、ああして見事な勝利をもぎ取った。
もちろんチームメイトの全員が凄いのは、俺だって良く理解している。それでもやっぱり、和彦の功績が大きいのは確実。
この調子ならそう遠くない未来に、プロ野球チームからスカウトが行くんじゃないだろうか。
実況でも似た様な事を言っていたので、注目は間違いなくされているだろう。俺達幼馴染のヒーローが、将来プロ野球の選手に。
昔夢見たそんな未来が、現実になろうとしているのかも知れない。あの頃語り合った子供の夢が、叶うのかも知れない。
「やっぱり凄いなぁ、和彦は」
「咲人は凄い幼馴染を持ったね」
「うん、本当にそう思う」
俺の病室で美佳子と2人で、軽く手を繋ぎながら一緒に甲子園の決勝戦を見ている。
対戦カードは10年振りの優勝を狙う高峰学園と、昨年の優勝校で優勝経験が豊富な宮城県の高校だ。
昨年準優勝だった、優勝候補の大阪平松高校を破った和彦達は注目度が高い。試合開始前の実況と解説でも、各校の注目選手の話になる。
当然ながら和彦の名前も挙がっていた。3回戦での3打席連続ホームランに、準決勝での逆転2ランホームラン。
これで注目されない方がどうかしている。準決勝までの和彦が活躍するシーンが、テレビに流されていた。
注目度の高い選手の話が終わった所で始まる、夏の甲子園最終試合。和彦達の優勝が懸かった決勝が、遂に始まった。
「こうして見ているとさ、何故かやる気が出て来る。不思議だけど」
「ふふ、男の子だね」
「悩んで苦しんで、それなのに何故か、熱い気持ちになるんだ」
和彦達を見ていると、頑張れという気持ちが先ず湧いて来る。そして見続けていると、俺が失ってしまった何かが顔を出す。
俺も頑張りたいって想いが、何故か心に湧いて来ている。理屈なんて俺には分からない。
心理学者じゃない俺には、これがどういうメカニズムなのか分からない。そして同時に、とある欲望も一緒に生まれて来るんだよ。
こうして隣に居てくれる、美佳子に活躍を見せたいと。今度のそれは、東咲人としての純粋な想いだ。
和彦だからこうするって理由ではなく、俺自身が心からそう想ってしまう。望んでしまうんだ、カッコイイ所を見せたいって。
一杯甘えた分の、お返しと言っていいのかは分からないけど。でもその分やっぱり、良い所は見せたい。
「ありがとう美佳子。俺、また頑張れそうだよ」
「……ボクはまだ何も出来てないよ?」
「そんな事ないよ。こうして一緒に居てくれるじゃない」
葉山さんが言っていた、言葉の意味が良く理解出来た。女性は凄く頼りになるし、心強くて温かい。
それは手を繋いでいるからじゃなくて、精神的な温もりを与えて貰っている。怪我をして参ってしまい、悩んで凹んで弱音を吐いても離れずにいてくれた。
本当の俺を見せても、変わらず一緒に居てくれる。それがどれだけ大きな意味があるか、やっと俺は理解する事が出来た。
恋愛という行為の本質を、少しだけ垣間見られたと思う。ただ好きかどうかを伝え合うだけじゃなくて、その先にある2人だけの関係性。
言葉だけじゃない、特別な何か。恋人という関係でなければ、決して得られない喜びと温かさ。
愛というには、まだ足りないかも知れない。そこまで俺は、恋愛を理解していない。だけど俺には、伝えないといけない想いがある。
「美佳子が居てくれて、本当に良かった。改めて俺は、美佳子が大好きだと思えたんだ」
「ちょっ!? きゅ、急だね咲人」
「俺は絶対、美佳子と結婚するから。美佳子以外となんて、有り得ないから」
未成年なりの告白で伝えた、勢い任せの言葉とは違う。こうして入院する事になったから、見つめ直せた自分。
その過程で、篠原美佳子という女性がどれだけ大切か分かった。俺が望む未来には、美佳子と一緒に居るのが大前提だ。
他の女性と結婚なんて、俺にはもう不可能だ。確かに結婚を前提にとは言ったさ、でもそれはただの口約束だ。
一度限りのその場で伝えただけの言葉に過ぎない。だからこれからは、今までよりちゃんと気持ちを口にしよう。
ただの口先だけじゃないって、本音だって伝え続ける。恥ずかしいだなんて、思っていてはダメなんだ。
「俺が退院したら、その辺りもちゃんとしよう。婚約とか、結納……で良いんだっけ?」
「さ、咲人!? えっ? 急にどうして?」
「ただの口約束にしたくないし、誰かに美佳子を譲る気もないから」
あんまり詳しくはないけど、結婚の約束? みたいな制度がある。学校で習った気もするけど、あんまり詳しく覚えていない。
でも確か年齢制限なんて無かった筈だ。まだ17歳の俺でも、そこまでなら出来るだろうし。
覚悟を決めるという意味で、良い機会になったのかも知れない。今回の事故で失ったモノは大きいけれど、でもそれだけじゃあない。
和彦と俺の在り方、そして美佳子への想い。そして周囲に居てくれている人々の有難さ。
それら全てを見直す事が出来て、確実に俺の中で何かが変わったと思う。不安はあるし恐怖もまだ残っている。
事故から2週間程度の期間で、綺麗サッパリ無くなる事はない。ただそれ以上に、得たモノが大きかったというだけだ。
「あの、咲人? そんな事をしたら、破棄した時にデメリットがあるよ?」
「破棄しなかったら、デメリットじゃないよ」
「な、何か咲人、前より積極的じゃない?」
「後悔したくないなって、思っただけだよ」
今の俺が示した気持ちと宣言に応えるかの様に、和彦が1打席目でホームランを打った。
まるで祝砲でもあるかの様に打ち上がった鋭い打球は、レフトスタンドに吸い込まれて行く。
俺はもう恥ずかしいとかどうでも良い、美佳子の前で取り繕うのも辞めだ。ありのままの東咲人で、頑張って生きてみよう。
和彦が見せてくれている様に、俺なりの生き方で堂々と。多分きっと、皆が言ってくれたのはそう言う事。
俺はさ、思い出せたんだよ。昔母さんが言ってくれた言葉を。咲人の思う様に生きなさい、そうだったよね。
だから俺、思う様に生きてみるよ。だから見守っていて欲しい。空の上から、俺のこれからの人生を。




